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梅千代の創作物の保管庫です。
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「で、なんでここなの?」

無言で歩き続ける少女に無言でついていった結果、僕らは寂れたカラオケボックスにいた。

「カラオケって良いんですよ。コンパート形式の上に防音設備も調っているから」

しれっと少女は答えた。

…たしかにおっしゃる通りなんだけどさ。

古い建物は独特な香りがして、密閉された室内は二人でも少し狭く感じた。

僕は何故だか彼女の顔を見ることが出来なくて、俯いたまま言った。

「や、でも男と二人きりは…ほら、あの」
「今更ですよ。食い食われた仲じゃ無いですか」

語尾を濁してもぞもぞと話しづらそうな僕に、事も無げに少女は言った。こうした状況に慣れている、というか彼女は感情が常にフラットなのだろう。焦る事を知らない、悟りきった僧の様な落ち着きがあった。

「あ、そういえばお名前をうかがっていませんでしたね。因みに私は里中夜宵(サトナカヤヨイ)と申します」
「名前……」
「ええ、忘れそうにもなりますが一応名前があります。貴方のお名前は?」
「……谷保千尋(ヤホチヒロ)…高二だよ」
「千尋。宜しくお願い致します。それで、本題に入りますが、」

僕の名前を軽く呼び捨てて、夜宵は切り出した。

「千尋が証明してしまったように、何故だか私は死ぬことが出来ません」

表情は変わること無く、一息に夜宵は言った。例えば、と彼女は続ける。

「出血多量も意味がないです。首を切るのも意味がないです。毒も無駄でした。戦中に空襲に遭っても死にませんでしたので、焼死も無駄ですね。凍死溺死餓死窒息死も無意味です。最初は、もしや自分は吸血鬼じゃなかろうかとも思いましたが日光も十字架もニンニクも、銀の銃弾、は流石に試したことが有りませんが、」

夜宵はふぅと息をついた。

「まぁ、無駄でしょうねぇ」

溜め息を吐いた一瞬だけ、少し夜宵に人間味を感じた。

だが、彼女の話はスケールが大きすぎて僕は唖然としてしまった。彼女が呈示したもの以外にあと幾つ、死ぬ方法が残っているだろう。

また、それより問題な事がある。死に至るべき現象を、殆どの場合彼女が能動的に起こしているということだ。

平たく言えば最強にしぶとい自殺志願者といったところだろうか。


ところで。

「………えー、一つ、気になる事があるのですが…」

僕はおずおずと訊ねた。

「はい」

さらりと艶やかな黒髪を揺らして、彼女は小首を傾げた。

「夜宵、さんは一体幾つですか…?」

空襲って言ってたぞこいつ。

「……………とりあえず江戸幕府成立から滅亡まではリアルタイムで体感しました」

僕の動きがぴしりと止まった。

えーと。

四百年の人生の先輩にタメ口きいてたよ僕。

「夜宵さん」
「はい」
「すみませんでした」
「はい」

夜宵さんは特に気にした風もなく、返事をした。

彼女はテーブルの上のメロンソーダを手にとると、こくこく飲み込んだ。緑の液体がみるみる減っていく。僕のホワイトソーダは氷が融けて上の方が透明に変わっていた。

ちろり、と夜宵さんは上目遣いに此方をみた。真っ赤な双鉾にどきりとしてしまう。

「千尋」
「はい……」
「タメ口で構いません」
「…………すんませんありがとうございます…」

気遣わせてしまった。

僕は溜め息を吐いた。ついでに今までの情報を整理する。

疑問点が二つほど残る事に僕は気付いた。この少女に関わるのは危険な気もしたけれど一応尋ねてみることにした。

「夜宵さん。貴方が本当に昨夜『殺された』という証明は?」
「…探偵ごっこでも始める心算ですか」

面倒そうに夜宵さんは言った。刺さるような言い方に僕が彼女の機嫌を損ねた事がしれた。緊張が走る。

夜宵さんは一度黙ったあと答えた。

「乱暴な言い方をすれば、千尋がもう一度私を殺してみれば良いのです」

僕の狼の部分が不覚にもぞくりとした。もう一度、あの血の薫りにまみれる事が出来るって?

いや。僕は頭をぐしゃぐしゃと手でかき混ぜてその馬鹿な思いは打ち消した。

夜宵さんは僕のひとりずもうを冷やかに見た後、口を開いた。

「もしかして、単純な双子トリックでも考えましたか?」
「……まぁそれも有り得るよね」

本当はそんなことはっきりと考えていなかったけれども、いかにもそれを疑っていたように僕は言った。

夜宵さんはまた単調に言った。

「確かに、私が双子でない証明は出来ません。三つ子でない証明も四つ子でない証明も出来ない。未知の人間は幾らでも作り出せますからね」

夜宵さんは薄く笑った。その微笑みは誘っているように見えた。

「そのロジックだと私が貴方に会った理由は片割れを殺された復讐ですか。にしては今、随分と間抜けな状況ですね。――どちらにせよ殺してみるのが一番早いですよ」

さぁ、どうぞ。

そう言うかのように、夜宵さんは姿勢を正して目を閉じた。

僕は慌てて夜宵さんに言った。

「いや、いやいやいや!!こんなところで殺さないし、信じるよ!それに…匂いが一緒だから…証明する必要もない。ごめん」

僕は頭を下げた。ぱちりと目を開いた夜宵さんは、解って頂ければ良いです、と言った。

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