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梅千代の創作物の保管庫です。
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「うあ、あああ、あ」

細く、細く、あたしの内股を赤い線が走った。赤?うん、きっと、赤色。虚ろな頭でかろうじて考える。だって初めてなんだもの。痛い筈なのに痛みはいつの間にか消えていて、生温い感触だけが鮮明に浮かび上がっていた。もう抵抗する気にもならない。まだ咲いてもいなかったユリの蕾はぽっきりと手折られて。無情にも、そんなことを気遣ってくれる人はここにはいなくて、あたしは絶望に体を震わせた。

「いやだ…!」





――pi pi pi…

そうして、今日も朝が来た。目覚めたのはあたしのベッドで、服もちゃんと着ている。

じーわ、じーわ。朝から元気に蝉が命を燃やして夏を暑くしていた。まだ冷房を入れていないあたしの部屋はしっとりしていて、少し前なら暑くて不機嫌になっていた筈だった。

この頃は、ずっと、寒い。

あたしは朝食をとると、体温をこれ以上逃さないように体を制服ですっぽり覆った。カーディガンを着て、タイツをはいて…本当は、マフラーでも巻いてやりたい。しかしいたずらに周りから注目を集めることは避けたかったのでそれは諦めた。代わりに伸ばした髪の毛で首を隠した。

こんな武装をするくらいなら学校なんて行かなきゃ良いのだということはわかる。わかってはいても選択肢の是非を問う余裕すら、あたしにはない。辛いと感じる器官を壊すことであたしは普通なふりをしているのだろう。ついでに清純なふりもして、家を出た。

突き刺す太陽も抜けるような青空も人の行き交う通学路も意地悪な信号機も黒に掠れた横断歩道もひび割れた学校もまだまばらな学生の声もなんにも、なぁんにも、変わってはいないのに、異次元に放り出されたようだった。てか、そっちの方がまだマシなのかもな。

主人公は不思議な世界をさ迷って、でも本当はお姉さんのお膝でぐーすか寝ていただけでした。

『あぁ、なんて不思議な夢だったの。でも、夢で良かった!』

なんてね。

教室に入ると今日も飽きずに机の上にゴミが散らかっていた。言い方が悪かった。あたしの机ではなく、ふたつ離れた水沼さんの机に、だ。時間帯が早いから、おそらく昨日の放課後遅くにやられたんだろう。

バカらしいと思う。やることが幼稚で鼻で嗤ってしまいそうになった。まぁだからといって別に水沼さんをどうこうしてあげなきゃいけない義理はない。憐れな机は無視してあたしは席についた。知らんぷりも同罪であることはわかった上である。

水沼さんは、全身からいじめて下さいオーラが出ている感じの、典型的ないじめられっ子だ。喋るのが下手で、自己主張をしない。目が隠れるほど前髪が長くてうっとうしくて、異常なほど細くて、なんか汚い感じがする。きっと悪気はないんだろうけれど、周囲をどうしても苛々させてしまうタイプの人だった。

丸めたティッシュとか消ゴムのカスとか、下品な落書きの机がまた視界に入った。

クラスメイトが勝手につけた冷房が寒い。あたしは体を丸めた。

「きぃー、おはよう」

iPhoneを弄って暇潰しをしていると、可愛らしい笑顔を振りまいて、あきが近寄ってきた。体温が更に下がるのを感じたが、それでもいつも通りに、自動的に、挨拶を返していた。

「おはよ」
「何してたの?」
「なめこ飼育だぉ」

iPhoneの画面を見せると飽きないねぇとあきはけらけら笑った。何がそんなに楽しいのかわかんない。でも合わせてあたしも笑った。ついでに口も勝手に喋ってくれる。

「可愛いぜなめこ。今しろなめこゲットしたとこ」
「どーでもいーし!!……ってか今日暑いねぇ~。教室天国だぁ」

うーっ!!と伸びをして、彼女はあたしを見下ろした。

「ねぇ、その格好、暑くない?」

不思議そうに指摘された。

「…んー…むしろ寒いなぁ。最近どこも冷房キツいじゃん」
「まぁそうかもだけど、タイツはやり過ぎじゃね?最近までフツーに夏服だったじゃん」

声の調子は軽いのにじわじわと追い詰められているような錯覚を覚える。言葉の一つ一つが紐になって、喉に絡み付いてくると言えばわかりやすいだろうか。

「ねぇ」

あきのいつもの愛らしい笑顔が、引き攣った歪んだ笑顔に見えた。そんなもんもう笑顔じゃない。

「何かあったの?」

また体温が下がる気がした。寒さに歯がかたかた鳴りそうになる。怖いんじゃない。寒いんだ。あたしは腕を擦って自分を騙した。

あきの問いは表向きは友人の変化に対するただの疑問に過ぎない。

でも彼女は。

もうきっと知っているんだろう。あきは…何があったのか知っているのにどうしてあたしに訊くのかな。

「いや、寒いだけだって」

だって、アンタの彼氏さ、口軽いじゃん。

太股の奥から、まだ汚いものが出てきている気がした。あたしの中から出てくるのだ。周りを汚いと罵ることも出来ない。皆が憧れて、夢見て、耽溺して、依存して、中毒みたいになってしまうセックスというものは、使い方を誤れば心を砕く鈍器だ。

「皆、もっとエコに生きなきゃ」

もっと言えば人間を殺すキョウキだ。

その後もことあるごとにあきの問いは繰り返され、止まらなかった。枝里や瑞季がいたって訊いてくるんだから、指先の冷えが心臓まで届いた。寒い、ひたすら。

あきの瞳の奥には焦りがあるようだった。

どうやら揺さぶっても揺れて見えないあたしの感情に焦れているらしかった。確かに外側だけみれば、あたしは一流女優も真っ青な演技を続けている。

彼女からの攻撃に疲弊しながら迎えた放課後、階段掃除を終えて教室に戻ろうとすると非常に面倒なことが起きていた。少し興奮したような、そして冷たい無機物のような声がいくつもしている。そっと教室を覗くと水沼さんへのいじめが直接的になされていた。クラスメイト達にはいらない勇気があったようだ。

「なんか言いなよ」
「ちょっと、やりすぎんな」
「臭くねぇ?」
「………」
「………」

好き勝手なことを言って、たまに小突く。水沼さんは俯いて、あの鬱陶しい前髪の奥でどんな表情をしているのかはわからなかった。

そういうところにますます腹を立てたのか、一人が不穏なことを言い出した。

「前髪邪魔じゃない?切ってあげる」

いつもならブレーキになるやつが席を外しているらしく、誰も止めに入らない。ちゃっちい文房具の鋏が水沼さんに向けられた。流石の水沼さんも本気になって抵抗を始めたけれど、鋏は小気味よい音を立てて水沼さんの前髪を切断した。

あーあ傷害罪だ。馬鹿だ、本当に。

入り口の柱に寄りかかって観察を続けていると、ふと水沼さんと目が合った。遮っていた前髪は今さっき無くなったので水沼さんと目が合うのはこれが初めてだ。ぎょろりとした大きな目が、こちらを向いている。彼女を虐げているのはあたしではないのに水沼さんの視線はあたしから外れない。何なの?どうしてこっち見るの?不思議なのに何故だかあたしも目を逸らせなかった。確かなのは彼女の視線が助けを求めるようなそれではないことくらいだ。

やがて、水沼さんはあたしを見たまま――泣いた。水沼さんが泣いたところもまた、初めて見た。表情は全然変えないで、ひたすらぼろぼろ涙を溢していた。清らかな、とても綺麗な涙だった。

その透明な雫が、あの暴力に殺されたあたしを悼んでいるようだとあたしは勝手に思ってしまった。

クラスメイト達はそれはそれは嬉しそうに哄笑していた。痛め付けが相手に響くということの快楽は計り知れない。やがて飽きたのか、水沼さんを残して彼らは教室を出ていった。

廊下に出たその中の一人があたしに気が付いて声をかけてきた。

「きぃちゃん、そんなとこにいたんだ。折角だし一緒に帰ろうぜ」
「ごめん、あたしやることあるから先に帰ってよ」

あたしもそいつも教室で起こっていたことなんて一言も触れなかった。ばいばいと手をふって、あたしはやっと教室に足を踏み入れた。水沼さんはへたりこんで呆然としていた。でもやっぱりあたしを凝視している。――ううん、ここまで見られると少しキモいな。

床には髪の毛が散っている。量から察するに後ろも少し切られたようだ。投げ捨てられた鋏を拾うと、あたしは水沼さんに近付いた。流石にびくつかれた。そりゃ、そうだ。今の今まで彼女が受けていたのは明白な暴行なのだ。

でも、取り繕う言葉は使いたくなかった。あたしは無言のまま、水沼さんの無茶苦茶に切られた前髪にそっと鋏を添えた。水沼さんは自分の前髪の運命に諦念でも抱いたのか抵抗しなかった。

案外彼女の前髪の長さは残っていて、うまくアレンジすることが可能だった。仕上がりを見ると、少し個性的、くらいで済むものだった。

「……これでも、髪の毛切るのは上手い方なんだよ。好み、違ったらごめん。でも、髪の毛って伸びるから」

許して。とまた目を合わせた。水沼さんはまた何も言わずにぽろりと涙を溢した。何となく彼女の頬を転がっていくそれを舐めてみた。

「……しょっぱいね」

水沼さんは嫌がりもしなかった。人形みたいだ。

そういえば、あたしはあの一方的な性行為の後から、一度も泣いていないな。そんなことを思った。





翌日から水沼さんの変化が始まった。

まずは彼女の前髪だが、これはいじめのせいだ。しかし前髪が短くなって露になった彼女の顔は案外可愛らしいものだった。

次にボサボサだった水沼さんの髪型がショートボブに変わり、更に赤茶色に脱色してきた。これでもうイメージは一気に変わる。ただ彼女は依然いじめの標的であったので、難癖をつける輩も少なくはなかった。

まだ変化は続く。膝下まであったスカートが短くなり、メイクをしはじめた。ほんの少し肉付きが良くなった。たまに理不尽に抗うようになった。男遊びをしていると噂が立った。そこまでくると、水沼さんは最早異常と言っても良いほどの変貌を遂げていた。

一方あたしは相も変わらずな格好で学校に通っている。暑苦しいは言われるけれど特異な目で見られることは減った。退屈な授業中、あたしは頬杖をついてちらっと水沼さんに目を向けた。前髪が無くなっただけで人間ってここまで変わるものなのだろうか……。

考えていた矢先に事件は起こった。

あきが昼休みに携帯を見て突然泣き始めた。どうしよう、どうしようを繰り返して話にならない。

「あき、あき、喋れる?どうしたの?」

あきははくはくと浅い息を繰り返している。瑞希があきの背中を優しく叩いた。

「みーくんが…っ」

あきの彼氏が誰かに暴行されて入院した、らしい。意識が戻らない、らしい。

なんだそれ、飛び込んできた非日常にあたしたちはざわめいた。

瞬間背後から刺すような視線を感じた。あたしはこの視線を覚えている。振り返ったらいけない気がして、でも、視線の圧力に抗えなくて、あたしは恐る恐る振り返った。

水沼さんが見ていた。

あたしが切った前髪は幾分伸びてさらさらしている。うるうるとした大きな瞳は、長い睫毛に縁取られて別人のようだ。でも、あの時と同じように真っ直ぐ、あたしを見ていた。ただ彼女は泣いたりしなかった。あたしを、ひたすら、見詰めて、グロスがのった唇に人指し指をあてて――妖艶に微笑んだ。

直感した。彼女は、何かを知っている。そして知ってしまった女の子だ。あたしと同じかそれ以上に汚れた存在だ。じゃなきゃあんな笑い方、できるもんか。

目が逸らせない。じわ、と目頭に懐かしい感触がした。次にはもう頬を雫が転がっていっていた。

瞬きをしてやっとあたしは水沼さんから目を逸らした。あたしは何か誤魔化すようにあきの体を抱き締めた。

「あき、大丈夫、大丈夫だよ」

涙が止まらない。枝里も瑞希もあきも不思議そうに、怪訝な顔であたしを見ていたけれども涙は後から後から溢れてきた。

あたしは馬鹿みたいに、狂ったように、繰り返す。

「大丈夫」

あれだけひえていたからだが、いまはとてもあつかった。



メタモル





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友人に昼ドラと言われて本当だ!となりました
書いているときはそういうのがわかんなくなるから怖いです

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