梅千代の創作物の保管庫です。
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残酷表現を含みます
或る夜半、僕は初めて人を殺した。既に事切れているその少女の顔を覗きこむと、随分と美しい面立ちだった。勿体無い事をしたかもしれない、と僕は思った。
黄ばんだ街灯がぼんやりと辺りを照らしている。そこには羽虫があつまって光がゆらゆら揺れていた。近所の人びとはもう寝静まっていて、家々の光は疎らだ。聞こえるのは風が息する音だけ。
でもこの世に人がいないわけではない。だから近所の公園にて、僕は口を血液で真っ赤に染めて呆然としていた。こんな場所で、理性が張り裂けるなんて。
口の中は鉄錆びのような味で一杯で、正直美味いと感じない。寧ろ吐き気すら覚えている。
しかし、脳が焼けてショートしているんじゃないかという位興奮していて、味は別段問題ではなかった。
「――う、」
目の前には首から血を垂れ流し事切れている少女。
本能のままに、僕は『食事』を始めた。
時折血肉に混じって入ってくる砂利が煩わしい。異物感に眉をひそめて小さな粒を吐き出した。
ふわり、と空気が動くと肺の中に甘い空気が入ってきた。風に煽られ桜の花弁が散っていく。そう言えばこの公園は、桜がひっそりと植えられていたっけ。花弁はひらひらと少女の長い黒髪や暗褐色のセーラー服の襟に散っていった。その中の一枚が血溜まりに舞い降りると、僕の上に罪の意識がずしりと質量を増して戻ってきた。それが辛くて、また理性を飛ばしてしまおうと少女の体を貪る。緩い弾力を持った肉体はまだ幾らか暖かかった。
ぷは、と一度手と口を止めて空を見上げた。ひんやりと、真円の月が僕を見下ろしている。雲一つ無く、ぽっかりと浮かんでいるそれは寂しそうにも見えた。
――満月が現れると僕はどうしようもなく、こうした殺戮衝動に襲われる。理由は至って単純で、この体が狼の血に支配されているからだ。若しくは憑かれているとでも言うべきか?
僕は所謂人狼で捕食者であるから、生きるために殺しているんだ。
そして被捕食者が目の前で息絶えている少女――基、人間であったに過ぎないのだ。
喩え詭弁であろうと、断言をしてしまうと僕のヒトの心はチクリと痛んだ。目の前の解体された「元・美しい少女」は、僕の罪そのもの、象徴である。
犯した罪の重さには耐えかねるけれど。僕は重くなった胃にほぅ、と溜め息を吐き満腹感と目の前の凄惨な様子に陶酔する。僕は、どうして今までこの衝動を抑圧出来ていたのか逆に不思議にもなった。
ヒト科の女「だった」残骸は、適当に掘った穴に放り込んだ。
一直線に家に帰るときも、頭が興奮でぐらぐらと煮え立っていた。
ふんわりとコンソメの匂いがする。コトコトと何かが煮える柔らかい音や家独特の空気を感じると無性に泣きたくなって、視界が滲んだ。
おそらく、キッチンに父はいるのだろう。僕は玄関から一直線にキッチンへ向かう。
「父さん」
父が視界に入ったところで呼び掛けた。
父はそれにおかえりーとか言いながら振り返り、絶句した。それもそうだろう、僕の服は黒ずんだ赤が飛び散っていたから。
「我慢出来なかったんだ」
「………」
「……………ごめん」
厳しい顔をしたまま、父は腕を組んで考え込んでいた。
彼はふう、と息を吐いて僕を見る。
「…荷物をまとめておきなさい」
端的にそう言われ、僕は黙って頷いた。父は鍋に再び向き合った。
「ポチ、夕飯食うか?」
「ポチって言うなよ。そうだなぁ…少しだけ食べようかな」
本当は十二分に満腹であったけれど。
「わかった――少し、な」
僕はキッチンから出ていくと、自室に向かった。まだ覚めやらぬ興奮に足元がふらついた。
部屋に入っても電気は点けず、ドアすら閉めないで僕はすぐ蹲った。
小さく溜め息を吐いて顔を上げると、カーテンの隙間から満月がやはり冷やかに僕を見ていた。歯軋りして、僕はカーテンを乱暴に閉じた。
寒気がして、振り返ると姿見に自分が映り込んでいた。薄暗がりの中、僕の双眸は爛々と、それこそ満月のように耀いていた。
黄ばんだ街灯がぼんやりと辺りを照らしている。そこには羽虫があつまって光がゆらゆら揺れていた。近所の人びとはもう寝静まっていて、家々の光は疎らだ。聞こえるのは風が息する音だけ。
でもこの世に人がいないわけではない。だから近所の公園にて、僕は口を血液で真っ赤に染めて呆然としていた。こんな場所で、理性が張り裂けるなんて。
口の中は鉄錆びのような味で一杯で、正直美味いと感じない。寧ろ吐き気すら覚えている。
しかし、脳が焼けてショートしているんじゃないかという位興奮していて、味は別段問題ではなかった。
「――う、」
目の前には首から血を垂れ流し事切れている少女。
本能のままに、僕は『食事』を始めた。
時折血肉に混じって入ってくる砂利が煩わしい。異物感に眉をひそめて小さな粒を吐き出した。
ふわり、と空気が動くと肺の中に甘い空気が入ってきた。風に煽られ桜の花弁が散っていく。そう言えばこの公園は、桜がひっそりと植えられていたっけ。花弁はひらひらと少女の長い黒髪や暗褐色のセーラー服の襟に散っていった。その中の一枚が血溜まりに舞い降りると、僕の上に罪の意識がずしりと質量を増して戻ってきた。それが辛くて、また理性を飛ばしてしまおうと少女の体を貪る。緩い弾力を持った肉体はまだ幾らか暖かかった。
ぷは、と一度手と口を止めて空を見上げた。ひんやりと、真円の月が僕を見下ろしている。雲一つ無く、ぽっかりと浮かんでいるそれは寂しそうにも見えた。
――満月が現れると僕はどうしようもなく、こうした殺戮衝動に襲われる。理由は至って単純で、この体が狼の血に支配されているからだ。若しくは憑かれているとでも言うべきか?
僕は所謂人狼で捕食者であるから、生きるために殺しているんだ。
そして被捕食者が目の前で息絶えている少女――基、人間であったに過ぎないのだ。
喩え詭弁であろうと、断言をしてしまうと僕のヒトの心はチクリと痛んだ。目の前の解体された「元・美しい少女」は、僕の罪そのもの、象徴である。
犯した罪の重さには耐えかねるけれど。僕は重くなった胃にほぅ、と溜め息を吐き満腹感と目の前の凄惨な様子に陶酔する。僕は、どうして今までこの衝動を抑圧出来ていたのか逆に不思議にもなった。
ヒト科の女「だった」残骸は、適当に掘った穴に放り込んだ。
一直線に家に帰るときも、頭が興奮でぐらぐらと煮え立っていた。
ふんわりとコンソメの匂いがする。コトコトと何かが煮える柔らかい音や家独特の空気を感じると無性に泣きたくなって、視界が滲んだ。
おそらく、キッチンに父はいるのだろう。僕は玄関から一直線にキッチンへ向かう。
「父さん」
父が視界に入ったところで呼び掛けた。
父はそれにおかえりーとか言いながら振り返り、絶句した。それもそうだろう、僕の服は黒ずんだ赤が飛び散っていたから。
「我慢出来なかったんだ」
「………」
「……………ごめん」
厳しい顔をしたまま、父は腕を組んで考え込んでいた。
彼はふう、と息を吐いて僕を見る。
「…荷物をまとめておきなさい」
端的にそう言われ、僕は黙って頷いた。父は鍋に再び向き合った。
「ポチ、夕飯食うか?」
「ポチって言うなよ。そうだなぁ…少しだけ食べようかな」
本当は十二分に満腹であったけれど。
「わかった――少し、な」
僕はキッチンから出ていくと、自室に向かった。まだ覚めやらぬ興奮に足元がふらついた。
部屋に入っても電気は点けず、ドアすら閉めないで僕はすぐ蹲った。
小さく溜め息を吐いて顔を上げると、カーテンの隙間から満月がやはり冷やかに僕を見ていた。歯軋りして、僕はカーテンを乱暴に閉じた。
寒気がして、振り返ると姿見に自分が映り込んでいた。薄暗がりの中、僕の双眸は爛々と、それこそ満月のように耀いていた。
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