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梅千代の創作物の保管庫です。
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『開けたが最後。』




歌がきこえる。



小さくて、掠れそうで、きっと誰の為でもない歌は、何故か私の胸にストンと落ちた。

放課後の静かな校舎の空気の、僅かな震えに気付いたのは私だけなのだろうか?

音が聞こえる方へ引き寄せられる。近づいても、やっぱり声はとても小さい。

蜜を求める蝶のように、ふらふら歩いて行き着いたのは自分のクラスの教室だった。

扉はぴっちりと閉められていて、外の世界を拒絶していた。…たぶん、この扉を開けると教室の中の空間の価値は消えてしまう。そんな気がした。例えば空気の缶詰みたいに。

だから私は黙って扉の脇に腰を下ろした。

誰の歌だろう。インディースだろうか。誰が歌っているんだろう。旋律に聞き覚えは全く無く、歌声から想像できる人は一人もいなかった。

いつの間にか歌声は子守唄にでも変わったのか、私は座り込んだままうとうとと目を閉じてしまっていた。

眠っていたのはそんなに長く無かったと思う。ほんの数分のことだと思うけど、歌声は止んでしまっていて、何故か背中が暖かかった。

布が擦れるのと僅かな重みに、自分の背中に誰かの制服の上着がかかっていることに気付いた。男子生徒のもののようで、随分大きかった。

改めて教室を覗くと中には誰も居なくて、一つだけ開かれた窓のカーテンが風に揺られていた。床にこぼれたオレンジがそれに合わせて揺らめいている。

もう一度上着を確認すると、キチンと名前が書かれていた。

上着をかけてくれたこの人が、あの歌声の人かはわからない。

しかし、私は自分の中に生まれた感情に、「恋」以外に名付けることは困難であるように思えた。




—————
絶賛スランプでございます。携帯から発掘した短文。

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『桜の灰と骨』



灰が降っているようだ、と弥羽は思う。

満開の桜を見て、散り行く花びらを見て持った印象にしては些か地味である。しかし、比喩としてはあながち間違ってもいなかった。何故なら今日は曇りで、空が灰色であり、色のぼんやりとした桜の花びらは空からこぼれた灰が散っているように見えるのだ。

しかし前を歩く由芽は綺麗だ綺麗だと感嘆しまくっている為、その純粋な感想が弥羽の口から出ることはなかった。友人を興醒めさせることを言うのも野暮であろう。

「やー、やっぱ満開の桜っていうのは良いね!」
「そだね、ちょっと曇ってて残念だけど…」

嬉しそうに話しかけて来た由芽に対して当たり障りのない言葉を弥羽は返した。

由芽はシフォン生地の軽いスカートをふわふわさせて、踊るように歩いている。一方、弥羽はスキニーのジーンズで、履いているパンプスはカツコツと落ち着いた音を奏でていた。弥羽は先を行く由芽に追いつく為、少しだけ歩調を変えた。

そうして桜並木の道を一通り歩いた後。

「で、今日はどうするの?」

お花見に行こうと誘って来たのは由芽なので、弥羽はノープランだ。由芽もノープランである可能性がない訳でもないが、一応弥羽は尋ねた。由芽は少しスキップして前進して弥羽を振り返り、満面の笑みを浮かべた。

「うん、あのね、桜のお菓子を食べるの!」

弥羽もつられて少し笑って、もう一度尋ねた。

「桜のお菓子?それってどんなの?」
「行ってからのお楽しみだよー」

春、季節限定と銘打って桜を基調にしたお菓子をだすお店は多々ある。そのどれもがあたりとは限らないが…まあ、由芽が楽しみにしてるだけあり、きっと「あたり」なのだろうと弥羽は思う。

「じゃあ楽しみにしとくよ」

また隣に並んだ由芽の頭の、桜の花弁をはらってやりながら弥羽は言った。



由芽が目指す店は桜並木の道から外れて、人気のない通りへ出た所にあった。全体に白を基調とした外装で、こじんまりとした可愛らしい喫茶店である。小柄な由芽になんとなく似合いの店であった。

外に出ている看板には『春季限定桜ロール』と掲示してあった。弥羽は由芽が言っていたのはこれだったのか、と一人納得していた。

一方。由芽は待ちきれない!とでも言うようにドアのベルをからから鳴らして店に入った。

「いらっしゃい」

店に入るとオーナーと思しき男性が、営業スマイルで迎えてくれた。

弥羽は由芽について行って窓際の席についた。

「桜ロールふたつ、それからアイスティーと…弥羽は?」
「アイスカフェオレひとつ」

当然とでも言うように勝手に由芽は弥羽の分も桜ロールを注文した。まさか、一人でふたつ食べようという訳ではないのだろう。

「弥羽も桜ロール頼みなよぅ」

一人でふたつのようだった。

「……桜ロールひとつ追加で」

小さくため息をつきながら、弥羽は注文を追加した。

由芽は席につくとテーブルに頬杖をついて、外の景色を眺めている。

空は相変わらず曇りである。桜並木は大分遠くにあると言うのに、灰の欠片が道路をころころと転がって行った。

(灰の欠片、ねえ…)

どうしても弥羽には桜が灰に見えてしまう。空の欠片と言い直せば聞こえは良いけれど、やっぱり灰という認識には変わりない。まるで、人を燃やした灰が溢れて零れて転がって行くような、シュールといえばシュールな情景にしか、弥羽の目には映らないのだ。

誰を燃やした灰と骨だろう。

別に、答えは必要としていない。

弥羽は由芽に尋ねる。

「由芽は、いつもここにくるの?」
「うん。気が向いたらしょっちゅう来ちゃうんだ」

しょっちゅう?

弥羽は疑問を抱いた。人の趣味にあれこれ口出しする気はないけれど、こういう個人経営の喫茶店の商品の値段はあまり可愛い値段ではない。紅茶一杯でマクドナルドでお腹一杯食べれる値段である。

そんなお店に、気が向いたらしょっちゅう来ちゃう?

「おまたせしました」

先程の男性がトレーに注文した品を乗せてやってきた。ちろり、とその顔を見ると割合に整った顔をしていて、黒ぶちの眼鏡が知的な印象を与えていた。

「毎春ここでこの桜ロール食べるのが楽しみなの」

由芽は男にも聞こえるような声で、弥羽に言った。

男がくすり、と含み笑いをしたのを弥羽は見逃さなかった。

こつん、と音を立てて注文していないものがテーブルの中央に置かれた。由芽が素直に、あれ、と声を出した。

「お客さん、いつも来てくれるからサービスです」

桜の形をしたキャンディーだった。

由芽の頬が紅潮した。彼女が今まで見たこともないほど舞い上がっているのが弥羽にはわかった。

(そういうことか)

友達の女の部分をみると少し取り残されたような気分になった。

桜ロールは桜味のロールケーキで、着色してるのか鮮やかな桃色に染まっていた。

桜を練って…灰を引いて、作ったロールケーキか。

ケーキを口に運びながら、弥羽は目の前の恋の行方を夢想した。



(骨を挽いてパンを作ろう)

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