梅千代の創作物の保管庫です。
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『石に願いを』
歩きながらふと空を見上げた。
都会は所謂コンクリートジャングルってやつで、そびえ立つビル群で縁取られた夜空はやけに狭く真っ暗だった。更に看板のネオンや照明のせいで、月以外には何にもない空に見えた。私は星が見たかったのに。些か残念だった。しかし、ただそれだけなのに、胸をきゅう、と締め付けられたような変な気分になった。
首が痛くなったのもあって私は普通に歩き始めた。「普通に」歩いて――そういえば自分はいつも俯いて歩いていることに気がついた。ああ、だから空を仰いで、少しがっかりしてしまったんだ。見上げてなかったせいで自分が思ってるより空が狭いことを知らなくて、気付いた結果閉じ込められてるような妙な気分にでもなったんだろう。
それでも首は少し下を向いたままで、履き潰した汚いスニーカーがせっせと働くのが目に入った。
木枯らしに手がかじかんで、私はポケットに手を突っ込んだ。
小さな冷たい塊が、右の指先に触れた。
◆
隕石にはざっくり分けて二種類あるのだという。それを更にざっくり分けて分かりやすく言うと、隕鉄、石鉄隕石、石質隕石の三種類。隕鉄は全て金属で出来たもの、石鉄隕石は金属が含まれている隕石、石質隕石は金属が含まれていなくて、地球のそこら辺に転がってるような石とほぼ変わりない組成の隕石。
「だから、石質隕石が地面に転がってたとしても、気付けないでしょうね」
大学の地学の講義で、私は妙に感心していた。誰かにこのちょっとした胸の高鳴りを伝えたかったが、前も後ろも知らない人で、どころか教室全体で話しかけられる人がいなかった為、私の感動は私の中だけで消化された。虚しく無かったと言ったら嘘になる。
地学担当の教授はぽってりとした体を揺らして、楽しそうに講義を続ける。その手にはスライドガラスや小さな黒い塊があった。
本物の隕石。地球じゃなくて、想像もつかないような遠く離れた場所からからふよふよと宇宙を漂って旅してきた石だ。再び私は感動したが、やはり孤独を噛み締める他にすることはなかった。
話は次第に他の内容に移り、間もなく講義は終了した。しかし、教卓の前には小さな人だかりが出来ていた。
本物の隕石をこの目で拝めることも少ないのに、どうやら更に触らしてもくれるようなのだ。この機会を逃したら博物館に足を伸ばしたり専門店にでも行かなければ隕石になんて出会えない。そう考えれば当然の事だ。私は空いて来た頃を見計らって、静かに教卓に近付いた。
「これって、流れ星のカケラなんですか」
まだ教卓周りにいた一人の女子大生が教授に尋ねていた。その指には小石サイズの黒い石質隕石が摘まれていた。
随分とロマンチックな言い方だなぁ!性格的に私には恥ずかしくてちょっと言えない言い回しだ。…羨ましいけれども。
尋ねられた教授はそうだと肯定した。
そして遂に私が自分に回されてきた隕石を手に乗せている時も、教授は説明を続けていた。
「隕石は地球に落ちてくる時、大気との摩擦で高温になって、燃えるんだ。空気中のケイ素のせいもあって表面がガラス質になって、融けたみたいになっているでしょう」
自分に言われてる訳でもないのに、こく、こく、私は頷いた。
黒い石には、表面が確かに融けた痕が残っていた。
「流れ星の大体は、それで燃え尽きちゃうんだけど、隕石は地表まで届くからね…」
やっぱり、流れ星のカケラなのか…。
むず痒くなる表現は、間違っていないのだ。ただ、カケラというより燃えかすが正解に近い気もした。駄目だ、いけない、一気にロマンチックさが下がった。
「…それ欲しい?」
「え」
はっ、と声に顔を上げると、教室にはもう私と教授しかいなかった。隕石を眺めてぼんやりしていたらしい。教室内もひんやりしてきていた。
教授は穏やかな目で私を見ている。私は焦ってしどろもどろしながら、否定しなければいけないのに、でも、首を横に振ることが出来なかった。
「私物だし、あげるよ」
教授はガサガサゴソゴソ教卓の上を片付けて荷物を右手にまとめると、私の手にある石を手に取り、私のコートのポケットに落とした。
「大学生になったらまたおいで」
まぁ、次回も来ても別に良いんだけどね。柔和に笑って彼は言った。
教授は革靴を鳴らしながら廊下を歩いていった。
お礼も、疑問も、弁解も、一言も言い出せずに私は教室に一人佇んでいた。
◆
多分、あの教授には、偶然、何処かで制服姿を見られたんじゃないだろうか。滅多に制服を着ないから、天文学的な確率で。……いや無理だろ。人間の記憶力ってそんなに有能じゃない。……やっぱり他に理由があるのかもしれない。
はぁ、と吐き出す息は白い。漂って流れて、霧散していった。
スニーカーがとらえるアスファルトの感触には流石にもう慣れたけれど、私が都会に来たのは最近のことだ。親の転勤、良くあるハナシ。で、良くあることに私は新しい高校にうまいこと馴染めていない。ド田舎っていう閉じられた世界で生まれ育って来て、中途半端に成長したら新しい人間関係の築き方とかどうしてかすっぽり抜けちゃって、二進も三進もいかなくなっていた。
だから、出席日数が足りる範囲で逃げた。でも、怠けてるって思いたくなくて、近くの大学に行って高校生でも何となく分かる講義を聞いたりして、自分を納得させていた。
ああ。みっともないなぁ。
私はポケットの中の石を指先で転がした。
流れ星が流れる間に三回願いを唱えると、願いが叶うらしい。じゃあ、流れ星の燃えかすを手に入れたら、どうなるんだろう。
祈るように、私は石を握りしめた。頭の中で呟くように、願いを石に訴えた。
もう少し器用に生きられますように。
もう少し勇気が持てますように。
もう少しだけ、強くなれますように。
気付けばかなり欲張っている自分がいた。三回願いを唱えるのではなく、三つの願いを唱えてしまっている。口元に苦笑が浮かんだ。
でも、握った流れ星のカケラが、隕石が、その辺の石と大差ない小石が、僅かな暖かさを返してくれたように思えたから。もうちょっと、頑張れる気がして。
私は珍しく真っ直ぐ前を向いて歩き出した。
—————
実際に地学でやった授業の話でした。隕石云々の話は間違ってない…はず…。
歩きながらふと空を見上げた。
都会は所謂コンクリートジャングルってやつで、そびえ立つビル群で縁取られた夜空はやけに狭く真っ暗だった。更に看板のネオンや照明のせいで、月以外には何にもない空に見えた。私は星が見たかったのに。些か残念だった。しかし、ただそれだけなのに、胸をきゅう、と締め付けられたような変な気分になった。
首が痛くなったのもあって私は普通に歩き始めた。「普通に」歩いて――そういえば自分はいつも俯いて歩いていることに気がついた。ああ、だから空を仰いで、少しがっかりしてしまったんだ。見上げてなかったせいで自分が思ってるより空が狭いことを知らなくて、気付いた結果閉じ込められてるような妙な気分にでもなったんだろう。
それでも首は少し下を向いたままで、履き潰した汚いスニーカーがせっせと働くのが目に入った。
木枯らしに手がかじかんで、私はポケットに手を突っ込んだ。
小さな冷たい塊が、右の指先に触れた。
◆
隕石にはざっくり分けて二種類あるのだという。それを更にざっくり分けて分かりやすく言うと、隕鉄、石鉄隕石、石質隕石の三種類。隕鉄は全て金属で出来たもの、石鉄隕石は金属が含まれている隕石、石質隕石は金属が含まれていなくて、地球のそこら辺に転がってるような石とほぼ変わりない組成の隕石。
「だから、石質隕石が地面に転がってたとしても、気付けないでしょうね」
大学の地学の講義で、私は妙に感心していた。誰かにこのちょっとした胸の高鳴りを伝えたかったが、前も後ろも知らない人で、どころか教室全体で話しかけられる人がいなかった為、私の感動は私の中だけで消化された。虚しく無かったと言ったら嘘になる。
地学担当の教授はぽってりとした体を揺らして、楽しそうに講義を続ける。その手にはスライドガラスや小さな黒い塊があった。
本物の隕石。地球じゃなくて、想像もつかないような遠く離れた場所からからふよふよと宇宙を漂って旅してきた石だ。再び私は感動したが、やはり孤独を噛み締める他にすることはなかった。
話は次第に他の内容に移り、間もなく講義は終了した。しかし、教卓の前には小さな人だかりが出来ていた。
本物の隕石をこの目で拝めることも少ないのに、どうやら更に触らしてもくれるようなのだ。この機会を逃したら博物館に足を伸ばしたり専門店にでも行かなければ隕石になんて出会えない。そう考えれば当然の事だ。私は空いて来た頃を見計らって、静かに教卓に近付いた。
「これって、流れ星のカケラなんですか」
まだ教卓周りにいた一人の女子大生が教授に尋ねていた。その指には小石サイズの黒い石質隕石が摘まれていた。
随分とロマンチックな言い方だなぁ!性格的に私には恥ずかしくてちょっと言えない言い回しだ。…羨ましいけれども。
尋ねられた教授はそうだと肯定した。
そして遂に私が自分に回されてきた隕石を手に乗せている時も、教授は説明を続けていた。
「隕石は地球に落ちてくる時、大気との摩擦で高温になって、燃えるんだ。空気中のケイ素のせいもあって表面がガラス質になって、融けたみたいになっているでしょう」
自分に言われてる訳でもないのに、こく、こく、私は頷いた。
黒い石には、表面が確かに融けた痕が残っていた。
「流れ星の大体は、それで燃え尽きちゃうんだけど、隕石は地表まで届くからね…」
やっぱり、流れ星のカケラなのか…。
むず痒くなる表現は、間違っていないのだ。ただ、カケラというより燃えかすが正解に近い気もした。駄目だ、いけない、一気にロマンチックさが下がった。
「…それ欲しい?」
「え」
はっ、と声に顔を上げると、教室にはもう私と教授しかいなかった。隕石を眺めてぼんやりしていたらしい。教室内もひんやりしてきていた。
教授は穏やかな目で私を見ている。私は焦ってしどろもどろしながら、否定しなければいけないのに、でも、首を横に振ることが出来なかった。
「私物だし、あげるよ」
教授はガサガサゴソゴソ教卓の上を片付けて荷物を右手にまとめると、私の手にある石を手に取り、私のコートのポケットに落とした。
「大学生になったらまたおいで」
まぁ、次回も来ても別に良いんだけどね。柔和に笑って彼は言った。
教授は革靴を鳴らしながら廊下を歩いていった。
お礼も、疑問も、弁解も、一言も言い出せずに私は教室に一人佇んでいた。
◆
多分、あの教授には、偶然、何処かで制服姿を見られたんじゃないだろうか。滅多に制服を着ないから、天文学的な確率で。……いや無理だろ。人間の記憶力ってそんなに有能じゃない。……やっぱり他に理由があるのかもしれない。
はぁ、と吐き出す息は白い。漂って流れて、霧散していった。
スニーカーがとらえるアスファルトの感触には流石にもう慣れたけれど、私が都会に来たのは最近のことだ。親の転勤、良くあるハナシ。で、良くあることに私は新しい高校にうまいこと馴染めていない。ド田舎っていう閉じられた世界で生まれ育って来て、中途半端に成長したら新しい人間関係の築き方とかどうしてかすっぽり抜けちゃって、二進も三進もいかなくなっていた。
だから、出席日数が足りる範囲で逃げた。でも、怠けてるって思いたくなくて、近くの大学に行って高校生でも何となく分かる講義を聞いたりして、自分を納得させていた。
ああ。みっともないなぁ。
私はポケットの中の石を指先で転がした。
流れ星が流れる間に三回願いを唱えると、願いが叶うらしい。じゃあ、流れ星の燃えかすを手に入れたら、どうなるんだろう。
祈るように、私は石を握りしめた。頭の中で呟くように、願いを石に訴えた。
もう少し器用に生きられますように。
もう少し勇気が持てますように。
もう少しだけ、強くなれますように。
気付けばかなり欲張っている自分がいた。三回願いを唱えるのではなく、三つの願いを唱えてしまっている。口元に苦笑が浮かんだ。
でも、握った流れ星のカケラが、隕石が、その辺の石と大差ない小石が、僅かな暖かさを返してくれたように思えたから。もうちょっと、頑張れる気がして。
私は珍しく真っ直ぐ前を向いて歩き出した。
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実際に地学でやった授業の話でした。隕石云々の話は間違ってない…はず…。
『An Ignorant "Lucifer"』
知らない場所に訪れたいと思う。
行ったことがない場所に行きたいという訳ではない。それではただの旅行だ。【地名すら知らない】場所に行きたいのだ。放り出されるように。
人がいてもいなくても、生存に厳しい場所であろうとなかろうと、きっと俺は戸惑い、不安になり、しまいに恐怖するだろう。だって投げ出された場所での身の振り方も、どう過ごすのが最善かもわからないのだ。
しかし、そうすれば、自分でない自分になれるんじゃないだろうか。
それか、本当の自分と言うものを見つけられるんじゃないだろうか。
「下らないね、」
友にそう、胸の内の小さな願望を話したら、一蹴されてしまった。受けた落胆はさくりと軽く、鋭利なものが掠めていった感覚に似ている。
「ああ、下らないさ」
俺は強がった。口の中が渇くので、手元の珈琲を手にとる。砂糖も何も入れず漆黒を保っていた液体は舌の上で苦く広がった。
俺は全て否定するようにもう一度、強く繰り返した。
「ただ、ただ下らない話だ」
「自ら認めるのか?じゃあ何が下らないか説明してくれ」
「……っそれは…羞恥心が邪魔をする」
横暴な要求に俺は顔をしかめた。だろうなぁ、と友は嫌みな笑みを浮かべる。
穏やかな音楽が流される中、こつ、こつ、と足音がこちらに近付いてきた。このアンティークな喫茶店の店主が友人の元へケーキを運んで来たのだった。
そうだった。別にここには友人と二人ぎりという訳ではないのだ。この店の雰囲気にあてられて浮かれた気分になったようだ。この人も、俺の戯れ言を聞いていたに違いない。内心莫迦にしているの、かもしれない。
そう思うと、この店主の本来褒められるべき存在感の無さが恨めしかった。
「なに、厭な顔をして」
友はにやにや笑いを続けたままに、ケーキにフォークを突き立てた。苺のミルフィーユだ、ぱらぱらとパイ生地の破片が皿に飛び散る。
「嗜虐趣味に付き合う心算はない」
溜め息をひとつ。
友は尚も嗤う。
「つれないねぇ」
「変態」
全く、どうして俺はこんな奴と友人なのだろうか。
「じゃあ甘やかしてあげよう、」
ミルフィーユのひとかけが俺の口に運ばれる。抵抗するのは不毛に思われたので、素直に口を開きけ受け取る。今まで食べた中で一番に美味いのに腹が立ったが。
「本当のお前は、さぞご立派なのだろうね」
嗚呼……………随分と苦いこと。
—————
書き上げた時は達成感に溢れていたのですが。
知らない場所に訪れたいと思う。
行ったことがない場所に行きたいという訳ではない。それではただの旅行だ。【地名すら知らない】場所に行きたいのだ。放り出されるように。
人がいてもいなくても、生存に厳しい場所であろうとなかろうと、きっと俺は戸惑い、不安になり、しまいに恐怖するだろう。だって投げ出された場所での身の振り方も、どう過ごすのが最善かもわからないのだ。
しかし、そうすれば、自分でない自分になれるんじゃないだろうか。
それか、本当の自分と言うものを見つけられるんじゃないだろうか。
「下らないね、」
友にそう、胸の内の小さな願望を話したら、一蹴されてしまった。受けた落胆はさくりと軽く、鋭利なものが掠めていった感覚に似ている。
「ああ、下らないさ」
俺は強がった。口の中が渇くので、手元の珈琲を手にとる。砂糖も何も入れず漆黒を保っていた液体は舌の上で苦く広がった。
俺は全て否定するようにもう一度、強く繰り返した。
「ただ、ただ下らない話だ」
「自ら認めるのか?じゃあ何が下らないか説明してくれ」
「……っそれは…羞恥心が邪魔をする」
横暴な要求に俺は顔をしかめた。だろうなぁ、と友は嫌みな笑みを浮かべる。
穏やかな音楽が流される中、こつ、こつ、と足音がこちらに近付いてきた。このアンティークな喫茶店の店主が友人の元へケーキを運んで来たのだった。
そうだった。別にここには友人と二人ぎりという訳ではないのだ。この店の雰囲気にあてられて浮かれた気分になったようだ。この人も、俺の戯れ言を聞いていたに違いない。内心莫迦にしているの、かもしれない。
そう思うと、この店主の本来褒められるべき存在感の無さが恨めしかった。
「なに、厭な顔をして」
友はにやにや笑いを続けたままに、ケーキにフォークを突き立てた。苺のミルフィーユだ、ぱらぱらとパイ生地の破片が皿に飛び散る。
「嗜虐趣味に付き合う心算はない」
溜め息をひとつ。
友は尚も嗤う。
「つれないねぇ」
「変態」
全く、どうして俺はこんな奴と友人なのだろうか。
「じゃあ甘やかしてあげよう、」
ミルフィーユのひとかけが俺の口に運ばれる。抵抗するのは不毛に思われたので、素直に口を開きけ受け取る。今まで食べた中で一番に美味いのに腹が立ったが。
「本当のお前は、さぞご立派なのだろうね」
嗚呼……………随分と苦いこと。
—————
書き上げた時は達成感に溢れていたのですが。