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梅千代の創作物の保管庫です。
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『親日天狗』



私が「日本」という極東の小さな島国に降り立った時に持った感想は『異国』という事だった。勿論、それは至極当然な事実に相違ない。ここで私が言いたいのは、この日本という国が我々の住まう欧州と全く異なった文化形態を持っている、という事だった。

異様な小さな家屋(あろうことか紙と木と土で出来ている!)、異様な髪形(清国の弁髪とはまた違っている)、異様な着物…。

しかしながら、それらは奇跡のようにマッチしており、ここまで何もかも違う国を何故美しいと認められるのか、自分でもわからない。

そして今、私はその美しさを再確認する。

「…素晴らしい!」

ぼそり、と言葉はいつの間にか漏れていた。季節は秋。思わず立ち止まって見上げた先には、天を焦がす火のように、真っ赤に燃え盛る山が現れていた。遠目に見ても、ここまで見事な紅葉は見たことがない。広々とした視界の蒼や碧も相俟って、何とも言えなかった。

「光栄です」

馬を従えて隣に立つ、私の案内係の青年は誇らしげに礼を述べた。彼の名はシュウイチ、というらしい。面倒なので専らシュウ、と呼んでいる。

一体、この国の人々を学の無い野蛮な輩だと言った奴は誰なんだ。この青年は、私たちの国の言葉を実に流暢に話す。それとも、彼が例外なのだろうか。

因みにシュウは日本の王朝(?)の大臣格の人で、普段は此方に留まる私の世話をしてくれている。今日は日本の景色を見たいという私の我が儘に付き合わせている。

また、シュウは知識を得ることに貪欲で有る様なので、私は個人的に英国の事について教えてあげる事にしていた。会話も専らその事ばかりで、シュウの私への奉仕はそれでおあいこ、という訳だ。

私はからりと乾燥した、冷気を吸い込んだ。

「モミヂガリ、というんだったかな」

私が尋ねるとシュウは静かに頷いた。

「直訳だとハンティング オブ レッド メイプル…?こちらの言い回しは実に興味深い」

私は感慨深く、そう言った。私はこの様に日本に視察に来ているが、実の所あまり日本語が話せない。まだここの語学を学び初めて日が浅いせいもある。ヒアリングも簡単な単語を幾つか拾うのがやっとだ。

シュウは人の良さそうな笑顔を浮かべて、言った。

「私共には、英国の言い回しもまた不思議で面白いものに感じます」

彼は一つ、日本語で諺を挙げた。短い文だったが私には意味が巧くとれなかった。首を捻る私に、シュウは英語で意味を付け足してくれた。そうしてやっと、私の頭には一つの言葉が浮かんだ。

「……"雑草は死なない"かな」

「ええ、それです」

にこり、とシュウは笑みを深くした。そしてまだ立ち止まっている私を促すように歩き出す。引かれている馬は震えるように首を振った。がしゃり、と彼の腰のカタナが金属独特の重い音を立てた。

私は先程シュウが言った日本語をなぞった。

「ニクマルコ、ヨニ…ハバ?」

途中で良くわからなくなる。どうしてこう、ややこしい発音なのだろうか。

「ニ…ニク…」

堪えきれなかった様にシュウは吹き出した。私は少しの羞恥で頬が熱くなるのを感じた。

「うう…シュウ、酷いよ……」

悄気た声色で、私は拗ねて見せた。勿論わざとで、直ぐにわかってしまう演技だった。私が期待したのはじゃれあいだったのだが…

「も、申し訳御座いませんでした!!」

…しかし、彼は酷く慌てた様子で私に謝罪した。しっかりと腰を折り、頭を下げる。逆にこちらが慌ててしまった程だ。シュウの後ろでぶるるん、とまた馬が首を震うのが妙に間抜けだった。

「おいおい、殆どジョークだよ!!そんなに情けない顔をしないでくれ」
「しかし…」

すっかり恐縮した様子で、シュウは私を伺った。真面目な彼にはちょっとしたユーモアが伝わらないみたいだ。私は苦笑した。

さらりと乾燥した風が額を撫でて過ぎ去る。今は比較的穏やかな、この国。

真面目な話をしようか。

「シュウ、君は外交にも興味があるかい?」

私の唐突な話にシュウは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

「え…は、はい」

出来ることなら関わりたいのだと彼は控えめに付け足した。私が彼に教えていたのは内政の事ばかりだったので、ふんふんと頷いた。此れからはそっちの分野も教えてあげようかな、と思いながら。

「それなら一応、ね」

どうでも良いことかもしれない。だけど、見識の違いで苦しむのは君達の方だから。

じゃり、と革靴と地面が擦れた。俯くと革靴はくぐもった色になっていた。土埃の為だろう。

「私の国で、謝罪は敗北宣言なんだよ」

巧く意味が伝わってないのか、シュウは曖昧に頷いた。

「この国では謝罪で済む事が多いみたいだけど外ではそうもいかないんだ。…あまり、頭を下げるのは良くないよ。君が私に敬意を払ってくれているのはわかるんだけれどね。癖みたいだからさぁ」

シュウを追い抜いて、私は歩を進めた。一本道は、小さな集落に続いている。

――ブシノナサケ、ですか。

何か悩んだ後、呟かれた彼の日本語の独り言は放っておいた。



暫く歩くと、先程から見えていた、山の麓の小さな集落に差し掛かった。こじんまりとした家々の前を通り過ぎる。日本の民草の生活ぶりが垣間見れるのは喜ばしいのだが、何せ、わたしは。

此方を見て、家に引っ込んでしまう者も何人かいた。珍しそうに見てくる者も数人、そして、私が敵の様に睨み付ける者も。

私は彼等を刺激しないようにそっと歩いた。一部の頑固者に招かれざる客である自覚はあるのだ。

真実、国を踏み荒らす者だから。

「…少し、急ぎましょう。日が暮れてしまいます」

シュウの言葉が建前で有ることは言われずとも解った。だから余計に気に障った。

私は馬に素早く跨がると、砂煙が上がるのも構わず、村を突き抜けるよう一直線に駆けていった。シュウの驚いた顔が目の端に残る。まぁ、でも、後からシュウも来るだろう。村の端、山の手前で待っている事にした。

こんな美しい国の人々が、汚れた心なんて、本当は持っていないに違いないのに。

無性に虚しかった。

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『鎹(かすがい)』



近頃は何でも、若くして成熟してしまうモノらしい。どっかのフィギュアスケート選手やプロゴルファーが良い例で、最年少記録は次々と塗り替えられている。記録は塗り替えられる物だとかメディアは特例しか取り沙汰しないだとかと言ってしまえばそれまでだ。しかし、傾向としては否定できないだろう。

…だからと言って、こんな事が予想出来る訳が無い。私は目の前の幼子に意識して笑いかける。うまく笑えているだろうか。

幼児は、私の同級生に抱かれている。ちょうど同級生の片側の腕に体重を乗せる様にして、体を捻って私の方を向いていた。真っ黒な、先入観のない瞳に私が映り込んでいる。出来た人間でない自信がある私は、その目に恐怖や羞恥を感じていた。

案の定、幼子はぐずりだした。

「あはは、泣かれたァ」

同級生は本当に愉快そうに笑い、体を揺らして幼子をあやした。

私はせめて同級生にだけは悟られ無いように、鬱々とした感情を押し込めて苦笑してみせるのだった。





事の始まりはこうだ。

小学校時代に仲の良かった友人、紺野葉菜とコンビニで行き合った。気恥ずかしさに懐かしさが勝って、思わず話し掛けたところ、彼女は2歳くらいの子供を抱いていた。

親戚の子?可愛いね。

普通に考えて流れとしてはこう、尋ねるだろう。私は至極当然だが、従妹の子が遊びに来ている――といった返答を期待していた。

しかし彼女は馬鹿な雀が簡易な罠にうっかりかかった時の様な、嬉しそうな顔をして、さらりと言ってのけたのだった。

――可愛くて、当然だよ。だって私の娘だもの!!

コンビニの空調がぶっ壊れて、私を狙ってブリザードを吹かしてるのかと思った。

なんてこった、同級生は既に出産、若しかしたら結婚という一大イベントをこなしてしまっていたのだ!

一時は放心状態に陥り、コミュニケーションの作法が完全にゲシュタルト崩壊を起こしていたが、現世の時の流れは何せ早い。彼女は何のアクションも起こさない私を器のデカイ奴と良いように解釈してくれた様だった。


至現在。

いつもは人見知りしないのになぁ、と彼女は唇を尖らせた。幼児の睫毛には涙が溜まっていて、それは表面張力だけで辛うじて引っ掛かっている。頬を伝ったかどうかは、顔を葉菜の胸にうずめてしまった為わからなかった。

人見知りをしない、それは結構な事だ、良いお子さんだ。葉菜は私のフォローをしてくれる心算は毛頭無いらしかった。

コンビニのキンキンに冷えた空気の所為だ、頭が痛い。

「い…いつ産んだの…?」
「ん?んーと、高一のクリスマスイブ」

動揺がそろそろ漏れ出してきた私を尻目に、彼女は飄々と答えた。

にへり、と葉菜は弛んだ笑顔を見せる。

「だからね、名前は聖夜って書いて"のえる"っていうのぉ」

「へぇー…そーなんだー可愛いねー」

まさか貴女がフランス生まれのクリスチャンだったなんて気付きませんでした、なんて内心軽く毒づく。

確かその名前はネットで残念な名前にランクインしていた気もするが、それもまた胸の内に留めておいた。学校に入ったとき先生にすんなりとは読んで貰えない名前だな、と思った。

くちゅんっ、と聖夜ちゃんが可愛らしいくしゃみを一つしたのを切っ掛けに、私達は各々の会計を済ませて、何とはなしに一緒に外に出た。

夏の太陽はギラギラと私達を刺す。温度差も相俟って、オーブンに投げ込まれた豚の気分である。私は思わず制服のネクタイを外して、鞄に突っ込んだ。襟首を掴み、パタパタと振って空気を送り込む。

ちろ、と葉菜の視線が私に動いた。

「…制服懐かしいー」

彼女の表情に、後悔といったマイナスの感情は伺えなかった。妊娠、出産。考えれば当然の事だ、日本はアメリカのように、低年齢での出産に前向きではない。

葉菜はスチャ、と携帯を取り出したと思うと、

「これが生まれて2ヶ月の時の写真でー、」
と親バカ丸出しで聖夜ちゃんの写メを見せつけてきた。ふとクラスのヲタい子の口調を思い出す。

『俺の娘フォルダが火を吹くぜ!!』

携帯画面の聖夜ちゃんは今よりもっとふっくらとしていて、もっちりとした掌をこちらに伸ばしていた。何枚も示されたがいずれも笑顔で、撮影者への好意が認められた。そして何故だか、画面の向こうには幸福が質量として存在しているように感じられた。

葉菜と二、三世間話を交わし、彼女の状況を何と無く理解した後私は帰路についた。いやぁ、吃驚することもあるもんだなぁー、と暢気にぷらぷらと歩いた。

しかし、その一時訪れた許容と心の平穏は、一瞬にして粉砕される事となるのだった。





「あら、違うわよ」

帰宅して、台所で洗い物していた母に今日あった事の子細を伝えると、キョトンとした顔で此方を振り向いた。リビングのソファに膝を抱えて座り込んでいる私も、多分同じ顔をしているのだと思う。

ざぁざぁ、水の流れる音に若干不安になると、母はまた汚れた食器に向かい合った。葉菜と聖夜ちゃんの話をしている時に気付いたのだが、母は少し前からその話を知っていた様だ。私に話さなかったのは、タイミングが合わなかったからなのか。

私は何が違うの?と尋ねた。母の手元から、虹色の泡がぷくりと飛び立つのが見えた。不安定に浮かび上がり、直ぐに弾けて飛び散る。

「出産したのは、葉菜ちゃんの妹の陽菜ちゃんの方よ」
「……え?」

不随意な声が零れ落ちた。

そういえば、葉菜には妹が居たなぁというやけにのんびりとした感想が一つ。そして、妹と言うことは、

「確か、十四歳になったばかりで産んだらしいわよ」

尋ねる迄もなく噂話はつるつると母の口を滑って出てくる。母の声は僅かに興奮を含んで上擦っていた。

「当然だけど中学には行かないでね。でも、十四歳だと結婚もできないじゃない。父親は十六だったらしいんだけど、陽菜ちゃん捨てられちゃったらしいのよ。それもあって、陽菜ちゃんは自分の娘の面倒見てないそうよ」

らしい、だそうだ、の連続に辟易とする。曖昧な言葉はしかし、重い真実を含んでいるようだった。私はむずむずと体を動かす。皮張りのソファが肌に粘って、不快だ。

母の口調は澱み無くて、どうやら私に話をしなかったのは御近所で話し尽くして満足した為だったみたいだ。

尚も母は続ける。

「まぁ、まだ子供だから仕方ないかもしれないけど、あんまりにも無責任よねぇ!子供ほったからして、学校も無いから遊び歩いて…」
「…」
「まず産んだのが問題じゃないかしら」

もうやめてくれ、と言いたいのに口がカラカラして喉が詰まって何も出てこない。私が会った子供の存在をこうもあっさり否定されたという事が純粋に恐ろしかった。母の言葉を拾う耳から、更には脳に反響する音で大事な何かが腐っていく錯覚に陥った。

「それで、葉菜ちゃんが子供の面倒見てるのよ」

母は洗い物を終えて溜め息を吐きながらダイニングの椅子に腰をおろした。私の方は見ない。自分の得た噂話を披露する事に完全に陶酔しているようだ。

「学校もやめて、ずっとお世話しているのよ。あの家、両親ともフルタイムで働いてるから。それも問題あると思うけど。何だか葉菜ちゃんが犠牲になってるみたいで、聞いてるこっちが嫌だったわ」

でも、と母は付け足す。ぼんやりと、視線を漂わせて…何かを思い返しているのだろうか。
「……偉いわよね」

ぽつりと母は葉菜を評価した。

自己犠牲が果たして評価すべき対象なのかは置いておいて、私も母のように、虚空に思いを巡らせる。自発的に思い出されたのは、先程の葉菜の笑顔だ。

慣れた手付きで子供を抱いて、あやして、そして誇らしそうに私に笑いかける。包み込むような笑顔――葉菜にとっては私も大きな子供だったのかもしれない。

そして私は気が付いた。葉菜は、終始笑顔だったのだ。私に子育ての辛さを愚痴る事もせず、姪っ子を娘と言って、精一杯の愛情で包んでいた。

愛で何でも出来る訳じゃない、けれど、彼女の中では辛いこと、苦しい事よりも姪っ子への思いが勝っているのだ。だから笑える。聖夜ちゃんの自慢が出来る。

「のえるって、言うんだってさ」

その子の名前、知ってる?声は勝手に震えた。

「十二月二十四日に生まれたから、聖夜って書いて、のえるなんだって」

太陽みたいな笑顔が、脳の中でゆらゆら揺れる。滲む。心の中に確かに沁み込んだ。

「すごい名前ね…」

すごい、は勿論悪い意味で使われていて、母は呆れと、侮蔑に似た表情を浮かべて言う。コンビニで動揺して、心の隅っこで葉菜を馬鹿にしていた私が見えた。胸が自分と母への嫌悪で一杯になってつかえる。これは猛省せねばなるまい。

私は深呼吸を一つした。

明日、葉菜の家に顔を出してみよう。何か手伝えたら良いかもしれない。話を聞くだけでも良いかもしれない。あの暖かな愛に私は焦がれていた。

外の橙の中には、ばいばい、またねの声が響いていた。

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『永い、月夜のざれごと』



その遊廓の同じ様に狭い部屋が数ある中で、一等豪奢な部屋に二人はいた。

開けられた窓からは秋の夜の、ヒンヤリとした空気が静かに流れ込んでいる。それぞれの火照った体はその夜風にゆるゆると冷やされていた。

気だるそうに身を起こした女の衣擦れの音で、男は目を覚ました。下弦の月が柔らかく女を照している。白く輝くその肌に、男はそっと手を伸ばした。

「ああ、起こしちまったかい」

女は目を伏せて男を見た。睫毛が艶やかに光った。今は乱れてしまっているその髪も、情事の後の女の淫靡な美しさを表すのに一役買っていた。

汗と花の匂いがした。

「やっぱり貴女は、綺麗ですね」
「ふふ、そりゃあ有り難う――煙草、呑んでもいいかねぇ」

男の感嘆の言葉を軽く流して、女は問うた。男は黙ったまま頷いた。

くぁ、と一つ欠伸をして、男の方も身を起こした。まだぼうっとして眠い目を擦り擦り、軽く衣服を整える。彼の動作にはしかし張りがあり、どこか凜としている。女からすれば男の方が余程美しいと感じられた。

女はチラリと男の筋ばった手を見た。……体はまだ少し、熱い。

女は煙管を手に窓際の壁に凭れた。慣れた手付きで煙草に火を点ける。ふぅ、と女が息を吐くとゆらりゆらり…甘い煙が部屋を漂った。

「ねぇ、知っていますか」

暇を持て余したのか、男はくつりと笑って唐突に話し始めた。

「異国人は、人間の生き血を啜るらしいのですよ」
「へえ、」

女はキョトンと、何も知らない少女みたいに驚いてみせた。それを見て、男も一寸驚いて、それからくくく…と心底可笑しそうに笑った。

「冗談ですよ。異国とはいえ、彼らも人間に相違無いのですから」
「――アア、もう……長崎の貿易商が言うんであたしャてっきり…」

女は具合悪そうに、片手で軽く髪をすいた。更に言うなら、彼女は普段柔婉で礼儀正しい男が冗談を言うとは思っていなかったのだった。

「其れにしても無風流な事を言い出したもんだねぇ、アンタ」

悔しさもあって女は眉をひそめた。ほんの少し機嫌を損ねた彼女に素直に軽く謝罪をする男は、やはり平生と変わり無かった。

ざぁ、と風が吹き込み、女は肩を震わせた。風に流された雲がうっすら月を隠した。耳を澄ますと、虫の鳴く声がしている。

薄暗い中、気まぐれでも起こしたのか、女はにたりと笑った。

「あたしの同類が外の国にいるのかと思ったよ」
「!」

女の戯れ言に直ぐに気が付いて、男も調子を合わせた。

「――おや。それは初耳ですねえ」

女はカコン、と煙管の灰を鉢に捨てた。

「だって、若い男の生き血は旨いから」

ころりとまだ熱い煙管を窓辺に転がす。彼女は畳に手をついて男ににじり寄った。

「外国には、バンパネラという、人の血を吸う怪物がいるらしいですね。夜な夜な人を襲って、永い時を生きる…」

そんな女の額や頬に軽く口付けを落としながら、男は語った。女はふーん、と相槌を打った。

「噂もあながちデマでも無いって事かしらねぇ」
「いえ、ただの伝説ですが…彼らの弱点は日光と――心臓に、杭を打たれてしまう事だそうです」

女は男に擦り寄って妖艶に笑う。前が緩くなった襟元からは豊満な胸が覗いていた。

「旦那はあたしをたかぁく買ってくれる優しい御方だから……あたしに杭を打ったりしないよね?」

男には女が寧ろ夢魔であるように思えた。

「ふふ、どうでしょう」

秋の夜長のひとあそび。否、ひとあそびじゃあ足りゃあしない。だって、夜はまだ永い。あんまりに永い。

女は男の前から抱きついて、そのしっかりとした首筋にかぷりと柔く噛み付いた。


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友人に投下した三つのお題を自分でも書いてみたでござるの巻

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