梅千代の創作物の保管庫です。
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軽い残酷表現を含みます。
ごくごくとメロンソーダを飲み干す夜宵さんに、僕はおずおずと二つ目の質問をした。
「それじゃあどうして、僕にもう一度会おうとしたの…?」
普通に考えて、自分に害をなした人間(仮)にもう一度近づこうとなんてしないだろう。夜宵さんの行動はむしろ何かされることを求めて行われている気がする。
夜宵さんはずずっ、とメロンソーダを全部飲み込んで、
「それが本題になります」
と神妙な面持ちで答えた。
「私がお見受けするところによると、貴方は人狼ですね」
「はぁ………うん、そうだけど」
僕は最初に狼もどきと言われたのを思い出した。
そういえば食われただけで僕が人狼ってわかるって…どうしてわかったのだろう。狂った殺人鬼という可能性だって残っているに違いないのに。外見は満月の下でも人形のままだし、理由は知れないが彼女は随分と洞察力が優れていると思う。
僕は人間もどきの狼もどき。それ以上でも、以下でもなく…。
夜宵さんは真っ直ぐに僕を見た。
「ここへ来たのは、貴方と互恵関係を築こうと思ったからです」
互恵関係?
意味がわからず思わず怪訝な表情になってしまった。夜宵さんは説き伏せるように続けた。
「たぶん、千尋にはわからないと思いますが、永く生きる…仮に生きると言いますが…生きている事は結構退屈なのです。退屈は拷問です。だんだんどんどん死にたくなる。それに私には顔見知りが、もうこの世に一人もいません。この世にとどまる理由など一つもないのです。
生命の質というやつも今や最低ランクになっていることでしょう」
夜宵さんは尚続けた。
「だから、私は自分の体なんて、もうどうだって良いのです。八つ裂かれようが喰われようが何とも思いません。むしろ――死に至るに値する痛みに自分が生きている事を感じられて、幸福になります」
つまりそれは。
グラスの中の氷はすっかり融けてしまっていた。
僕は夜宵さんの意図する事が解り、人間としても狼としても驚愕し、歓喜した。
「夜宵さん…」
「もう解りますね」
夜宵さんはゆっくり瞬きをした。見開かれた眼はしっかりと僕を見据えている。
「私は千尋の殺戮のお相手をしてあげようと思います」
僕は満月の抗えない殺戮衝動を消化し、夜宵さんは退屈をしのぎ幸福を甘受する。
大いに倫理からそれた互恵関係だ。
それは僕にとってあまりにも――あまりにも魅力的過ぎる条件だった。
だって、それなら僕は幾ら殺しても人殺しの謗りも受けず、満月以外の日々を穏やかに過ごせるのだ。
「で…でも、僕はこの町から出ていく事になってるし…」
往生際悪く自分が弱々しく夜宵さんの申し出を否定したのはきっとまだ僕に人間の部分が結構残っていたからだと思う。
でもそんなものはすぐに流された。
「私も、そろそろこの町から出て行こうと思ってたところです。私には生きる場所なんて関係ありません。それに…私の体、好きなだけ壊して良いんですよ?」
彼女の妖艶なその姿は僕には毒が強すぎたんだ。
無意識に返事は口から零れていった。
「…………お願いします」
夜宵さんはこちらににじり寄って来た。膝と膝が触れあう距離に来ると、彼女は無表情のまま僕の口内に人指し指を差し入れた。僕は…反射的にその綺麗な指先を思いっきり噛み潰した。
肉が崩れる感触が歯から確かに伝わってきた。
夜宵さんの眉間にシワが寄せられたが、それは一瞬だった。次に恍惚そうな表情が浮かべられ、僕の口の中から取り出された指先は――赤い汁を垂れ流しながらゆっくりと修復されていく最中だった。
「私、お金持って無いんです。ここの支払いだけお願いできませんか」
夜宵さんの言葉に僕は小さく頷いた。
「それじゃあどうして、僕にもう一度会おうとしたの…?」
普通に考えて、自分に害をなした人間(仮)にもう一度近づこうとなんてしないだろう。夜宵さんの行動はむしろ何かされることを求めて行われている気がする。
夜宵さんはずずっ、とメロンソーダを全部飲み込んで、
「それが本題になります」
と神妙な面持ちで答えた。
「私がお見受けするところによると、貴方は人狼ですね」
「はぁ………うん、そうだけど」
僕は最初に狼もどきと言われたのを思い出した。
そういえば食われただけで僕が人狼ってわかるって…どうしてわかったのだろう。狂った殺人鬼という可能性だって残っているに違いないのに。外見は満月の下でも人形のままだし、理由は知れないが彼女は随分と洞察力が優れていると思う。
僕は人間もどきの狼もどき。それ以上でも、以下でもなく…。
夜宵さんは真っ直ぐに僕を見た。
「ここへ来たのは、貴方と互恵関係を築こうと思ったからです」
互恵関係?
意味がわからず思わず怪訝な表情になってしまった。夜宵さんは説き伏せるように続けた。
「たぶん、千尋にはわからないと思いますが、永く生きる…仮に生きると言いますが…生きている事は結構退屈なのです。退屈は拷問です。だんだんどんどん死にたくなる。それに私には顔見知りが、もうこの世に一人もいません。この世にとどまる理由など一つもないのです。
生命の質というやつも今や最低ランクになっていることでしょう」
夜宵さんは尚続けた。
「だから、私は自分の体なんて、もうどうだって良いのです。八つ裂かれようが喰われようが何とも思いません。むしろ――死に至るに値する痛みに自分が生きている事を感じられて、幸福になります」
つまりそれは。
グラスの中の氷はすっかり融けてしまっていた。
僕は夜宵さんの意図する事が解り、人間としても狼としても驚愕し、歓喜した。
「夜宵さん…」
「もう解りますね」
夜宵さんはゆっくり瞬きをした。見開かれた眼はしっかりと僕を見据えている。
「私は千尋の殺戮のお相手をしてあげようと思います」
僕は満月の抗えない殺戮衝動を消化し、夜宵さんは退屈をしのぎ幸福を甘受する。
大いに倫理からそれた互恵関係だ。
それは僕にとってあまりにも――あまりにも魅力的過ぎる条件だった。
だって、それなら僕は幾ら殺しても人殺しの謗りも受けず、満月以外の日々を穏やかに過ごせるのだ。
「で…でも、僕はこの町から出ていく事になってるし…」
往生際悪く自分が弱々しく夜宵さんの申し出を否定したのはきっとまだ僕に人間の部分が結構残っていたからだと思う。
でもそんなものはすぐに流された。
「私も、そろそろこの町から出て行こうと思ってたところです。私には生きる場所なんて関係ありません。それに…私の体、好きなだけ壊して良いんですよ?」
彼女の妖艶なその姿は僕には毒が強すぎたんだ。
無意識に返事は口から零れていった。
「…………お願いします」
夜宵さんはこちらににじり寄って来た。膝と膝が触れあう距離に来ると、彼女は無表情のまま僕の口内に人指し指を差し入れた。僕は…反射的にその綺麗な指先を思いっきり噛み潰した。
肉が崩れる感触が歯から確かに伝わってきた。
夜宵さんの眉間にシワが寄せられたが、それは一瞬だった。次に恍惚そうな表情が浮かべられ、僕の口の中から取り出された指先は――赤い汁を垂れ流しながらゆっくりと修復されていく最中だった。
「私、お金持って無いんです。ここの支払いだけお願いできませんか」
夜宵さんの言葉に僕は小さく頷いた。
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