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梅千代の創作物の保管庫です。
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僕の家に木下出雲がやって来たのはシモンが帰国して半月ほど経ってからだった。

「やあ、珍しいね」
「まぁーな。邪魔するぞ」

出雲は鼻と頬を赤くして寒さに身を縮めながら僕の家に上がり込んだ。襟巻きに顔が半分埋まっている。幼馴染みであるが故勝手を知っている仲であるだけに彼は遠慮せず一直線に囲炉裏へ向かった。

「うーん、凍みるな」
「ははは。今日はどうしたんだよ」

僕も隣に座り込む。ぱちん、ぱち、と炭が燃える音が、部屋にやけに響いた。

出雲と僕は幼馴染みであるとはいえ、幕府内で所属している派閥(本当は面倒だから入りたくないのだが)は別個だ。会話さえお互いに憚る事が多かった。

出雲はあー、うーんなんて長いこと唸った後、ようやっと本題に入った。

「口止めされてたんだけどな」
「うん」
「シモンさんお前がやらかした事全部知ってたぞ」

出雲からその話が出た事にむしろ僕は驚いた。シモンには「知っている」と別れ際に言われた事だ。出雲が知っているということはきっとシモンは彼に頼んで、あの時何があったのか知ったのだろう。

その事なら知ってるよ、そう答えると出雲は鼻白んだ。

「何だよ!折角…意を決して伝えに来たって言うのに!!」
「すまないな。でもまあ、出雲が此処へ足を運んでくれた理由になったから嬉しいよ」

出雲は僕の言葉を聞くと具合悪そうにして頬を赤くした。照れ屋なのだ。

暖まってきたのもあるのか、出雲は襟巻きを外すとごろんと寝っ転がった。久しぶりでも家に来てこんなに和んでくれるというのはやはり少し嬉しい。出雲の方はあまり僕を好いていないようだから。

ぱちんぱちん…、囲炉裏の火の音は夜の静けさへと吸い込まれていく。雪こそ降ってはいないが今夜は随分と冷える。隙間風がひゅうと抜けていった。出雲がさっきまであんなに縮こまっていたのもわかる気がした。

出雲はぼそりと呟いた。

「口に蜜あり腹に剣ありってか…」
「ん?どうした」
「何でもねえよ御人好しの蜂蜜野郎」
「意味がわからないが理不尽だな…」

今度は外でびゅうと一際強い風が吹き、戸を殴り付けていった。

幾らかの舞い上がった細かな埃が光を受けてらしくなく美しく煌めいた。

「…おためごかしはあまり好かんってさ」

囲炉裏の火を見つめて出雲は言った。

「誰が?」
「ミスターシモン」
「ああ」

だろうね、と笑ってみせる。出雲は何か言い含められたのだろうか。

くすくす笑い続ける僕に出雲は憮然としてみせた。

「なーんか、いっつもお前にゃあ敵わなくて腹立たしいわ」

僕は出雲のその言葉を聞くと益々可笑しくなって思い切り笑ってしまった。ぶすっとむくれた出雲はまだ僕らが幼かった頃を彷彿とさせた。

「出雲は良い奴だな、本当に」
「お前に言われっと苛々する、本当に」

ふん、と鼻を鳴らして出雲は顔を背けた。赤くなっている耳を見ると、やはり笑えてしまう。

お互い黙り、暫くすると規則正しい呼吸が聞こえた。他人の家なのに、出雲はそのまま寝入ってしまったようだった。



何人もの功労者のお陰で旧幕府は潰れ、新政府が発足、沢山の人の努力によって国の仕組みが組み替えられていった。

戦いが起きた。人がたくさん、たくさん死んだ。

そんな激動の時代の中、僕はなんとか生き残った。

外国人が国内を歩き回るのももう珍しくはない。国民はあれほど嫌っていた海外の知識を積極的に受け入れ始めた。

渡航の禁止も解け僕も英国へと行く事が出来るようになったが……仕事もあって行かなかった。むしろ、仕事を理由に行くことをやめた。

何通か交わした手紙によるとシモンの方も英国の政治に忙殺されているらしい。彼はあれ程の親日家でありながら別れてから一度も日本の土を踏んでいない。

僕はそれにも安堵した。安堵した事に対する嫌悪には気付かないふりをした。

シモンはきっと私を赦してくれている。いつでもおいでと言ってくれた。だが、だからといって僕はのうのうと彼の家へと向かって良いのだろうか?

心の中で、何度も問いを反芻する。

そして何故自分が彼の元へ行けないのかがわかった。

彼が「僕がやったことを知って」いて「それを赦してくれている」からこそ行けないのだ。羞恥心が僕を赦さない。僕が、僕を…赦さない。

そうして無為に日々を過ごしている時の事だった。


「修一」

呼ばれて振り返ると出雲が此方へ歩み寄って来ているところだった。新築の西洋式の仕事場の床がカツコツと革靴の音をよく響かせている。彼の髪型や、服が洋装になったのにも漸く見慣れてきた。

幕府が潰れたお陰で以前のような派閥争いに因るいざこざはある程度収まり、出雲とはいつかの様に話し合う仲になっていた。

彼も英語が堪能である為、仕事をよく共にする。これも関係改善の一因であろう。

「なんだ?呑みにでも行くか」
「いや、今日はそうではなくだな」

出雲は頭を掻きながら問う。

「英吉利に――なんでお前が行かないんだ」

ずばり言われ過ぎて一瞬静止してしまった。

今度、政府の一部の人間は英国へと視察に行く事が決定していた。僕は、その人員に立候補出来なかったのだ。

内心狼狽えながらも、僕は静かに答えた。

「…出雲だって行きたがってたじゃあないか。あれだけいれば人数は十分だ」
「脳味噌は足りねえよ。語学力もな。それにもう一人位融通は利く。今からでも言って来い」

出雲は迫るように言ってきた。僕は一歩身を引いてしまった。

「修一」

固い声で出雲は僕の名を呼ぶ。

「お前は反省することと逃げることを履き違えている」
「!!」

ぴしゃり、と言い放たれた。自分の顔が歪むのが鏡を前にしなくともわかった。

出雲はそんな僕を見てフン、と鼻を鳴らした。

「賢くいらっしゃる幸田修一殿が、結果を予測して無かった訳でも無いだろう。来るべき結果を含めてそれでも判断したんだろう。だったら情けねえ面してないで胸を張れ。どうせ勝手に責任感じて怖じ気づいてるんだろう馬鹿者めが」

かつてないほどこき下ろされ、僕は怒りも感じず呆けてしまった。

出雲の目は至って真面目だった。

「行け。さもなければ後悔する」

少し迷いに震えてしまったが、押し切られるようにして僕は曖昧に頷いた。



英国の冬は日本より温暖であるようで、外套一つで無理なく過ごすことが出来た。

国を渡ると、まだまだ自国が遅れをとっていることを痛感する。盗みとれる知識は町のそこかしこに溢れかえっていたが、しかし、僕はそれらに目を向けることに集中出来ていなかった。

「幸田殿」

出雲に目で注意されるほど散々な状態らしい。ため息が漏れ、乾いた風に白く流れていった。

その時だった。

町中を行き交う、とある人の会話の中に僕は懐かしい、あの言葉を耳にした。

『自分で調べてごらん』

シモンがそう言った、言葉。

団体からはぐれてしまうのも構わず、僕はその人を追った。駆けていって、肩を叩く。

「失敬、今の言葉の意味なのですが…」

質問した人には物凄い不審の目を向けられつつも、教えて貰うことが出来た。

そして、思った。

なんて――なんて下らない。

「は、はははは…」

僕は雑踏の中、力なく笑った。じろじろと不躾な視線がこちらに向けられるが構わず僕は笑った。

シモンが来日していた頃から日本は成長した。表向き身分制度は崩壊したし、武士は刀を持たなくなった。幕府は潰れ、明治政府が発足して…だからもう、僕は昔ほど英国を羨望の眼差しで見なくなった。

シモンは国を否定するけど私は日本人で、自国を愛していて、英国は日本では無いから。

だから、

「これはもう、使わないな…」

というか使えない。私は闇色の虹彩だから。逆に言葉を作ってみようか?それだと卑怯という意味になってしまうかな。

意味もなく考えると同時に、ぶわっと迫ってくるようにシモンとのあれこれが思い出された。

師であり友であるその人。僕を呼ぶと珈琲を淹れてくれた。解らないことを丁寧に教えてくれた。屈託なく僕に笑いかけてくれていた。

シモンの言葉をいつしか信じられなくなったのは僕が一方的に苦悩していただけなのだ。

ああ、下らない。本当に下らない!

あの人は最後まで僕を信頼してくれていたのだから。だから、僕の小賢しい行動を知っても変わらないでいてくれた。

羞恥心がなんだって。それは僕の都合だ。

『お前は反省することと逃げることを履き違えている』

…出雲、僕も君には敵わないって思うよ。


「修一!何をしているんだ、行くぞ…!」

遠くで僕を呼ぶ出雲がはっと息を止めたのがわかった。

――大丈夫、会える。

瞳が潤んだけれど笑みが浮かんだ。

だって僕の師に、本当に正解かどうか訊かなくてはなるまい。

僕がまた一つ出来るようになったら彼は喜ぶのかな。それとも子供みたいに悔しがるのだろうか。

どちらにせよまた笑顔で珈琲を淹れてくれるに違いない。

僕はシモンを、シモンの言葉を信じよう。

すまない今行く、と僕は出雲に手を振った。


"green-eyed monster"

それは"嫉妬"。


さぁ、嫉妬深い緑の目をした親日天狗に会いに行こう。



—————
長々おつきあい感謝です><
矛盾点、稚拙な所は毎度ながら目を瞑ってやってください…

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