梅千代の創作物の保管庫です。
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都会の喧騒に馴染めず、町の色彩にどこか物足りなさを感じるのはやはり僕が田舎者から脱却しきれていないからだろうか。革靴が重くて、ネクタイは窮屈で、僕は思わず空を見上げた。ふう、と息をついて思う。
(空すら狭っ苦しいのか)
灰色、とまでは言わない。しかし青いとは決して言えない空は、巨大なビル群で大半が隠されてしまっていた。
倦怠感に負けて、僕は仕事中にも関わらず道端に設置されているベンチに座り込んだ。群集から一歩抜け出すと全ての物から取り残された様な、変な気分になった。
キリキリとネジを巻かれた人形の様に、人びとはせかせかと歩く。
田舎に比べて都会の人間の歩く速度は速いから疲れたのかなぁ、なんて妙に冷静に考察してみたりした。
間違った考察であるのは、自分が一番理解している。
ぺたり、とベンチの座面に手で触ってみた。初夏と言えど、それはビルの影でひんやりとしていた。
また天を仰ぐと、光が遠い。自分がビルの岩肌に身を隠す深海魚になったような気分だ。明るい水面は遥か上にあり、しかし、エラ呼吸がよくわからない僕は窒息するに決まっている。
(、本当に窒息しそうだ)
ひゅう、と喉が鳴った。
それもずっとなのだ。窒息しそう、ではなくもう既に窒息しているのかもしれない。何をするにもかったるくて、億劫で、しんどい。
例えば今日のシャツは昨日使ったものを連続で着ていてしわしわだ。マトモな飯はいつ以来食べていないだろう。部屋はごみ溜めと化している。
自分はこんなにもだらしがない人間だっただろうか。
(疲れた…)
何に?
恐らくはやって来る毎日に。
僕が一時帰郷を決めたのはこういった精神的な理由からだった。
◆
会社に休暇を申請すると係の人に何故か同情にも似た顔をされて、あっさりと受理された。
本当のところを言うと帰郷すら面倒に思えた。だから僕は必要最低限の荷物を持って、行動しようとする心が折れる前に故郷へ向かった。
新幹線を利用してから数本電車を乗り継ぐ。電車が進むごとに窓から見える緑の量は増えていった。
最後の電車に乗って暫くすると見慣れた風景が現れた。大学で上京したぎり一度も戻ったことが無かった、懐かしの小さな港町である。
最寄りの駅で降車する。と、同時に強烈な潮の香りに出迎えられた。
駅は比較的に高い位置にあるので背の低い家々の向こう側には藍色の海を見ることが出来た。海がせり上がって、空と続いて行く風景だ。
見上げると、空が近い。都会よりも蒼い空が眼前へと迫ってきて、吸い込まれていく様な気がした。
もうここが空みたいだ。
鼻の奥がつんとして、ボロボロと涙が溢れ出た。全く意味の無い涙だが、行き場を失くしたように勝手に溢れだして来るのだ。なりたてだが、一社会人が恥ずかしい。
僕は近くにある年季の入ったベンチに座り込んだ。はぁー、とゆっくり息を吐く。荷物をぎゅうと抱き込み自分に言い聞かす。落ち着けメンタル。締まれ涙腺の蛇口。しかし更に涙は零れるばかりで止まる気配がない。
(まだ、苦しい?)
息継ぎの為の帰郷の筈なのに、僕は肺呼吸すら忘れてしまったのだろうか?
「おーい、彩月(サツキ)かぁー?」
不意に名前を呼ばれて顔を上げると、線路に隣接した道路に、一台の白いワゴン車が止まっているのが見えた。そして、その車から顔を出している旧友の姿もみとめられた。
僕は急いで涙を拭って、軽く手を振って見せた。
「めっちゃ偶然やーん!乗ってきぃ!!」
友人、清澄 武(キヨスミ タケ)はにっかりと、太陽みたいに笑って言った。
少し考えた後、僕は武の言葉に甘える事にした。
ワゴンの助手席に乗り込みながら、僕は悪いな、と謝罪した。武はカラカラ笑って全然ヘーキ!と答えた。
「ホンマ久しぶりやんなぁ!四年ぶり位か?」
「ああ、たぶんそん位……まだ煙草吸ってんだ?」
車の匂いが少しばかりヤニっぽい。そういえば武は高校の頃からこそこそ喫煙していたっけ。
武はにやりと不敵な笑みを浮かべた。大方僕と同様に高校時代の事を思い出したのだろう。
「ああ。煙草税が敵。――で、彩月、なんで泣いてたん?」
苦笑の後、武は余りにもサックリと単刀直入に言った。その所為で僕がぴしり、と固まってしまったのも無理は無いだろう。なんの前触れもなくこう…デリケートな部分を尋ねられるとは思ってもみなかった。旧友のつーかーに甘えていたのだ。僕はどう答えようかと口ごもってしまった。
「………ええ、まぁ、うん…なんでだろなぁ…」
誤魔化している訳でなく、本当にわからなかった。曖昧なのがまさに正直な答えだ。
「ふーん、そっか。まぁええわ」
武が深く聞いて来なかったのに僕は安堵した。
武は慣れたようにハンドルを操作して車を走らせる。カーブを曲がると灯台がキラリと日を受けて煌めいた。眩しさに目を細める。
武は置いてあった缶コーヒーに手を伸ばすと、車を走らせたまま一口飲んだ。
「いやー、それにしても意外と粘ったなぁ!」
「え?何が」
武の話がよく解らず、僕は問う。
「お前だよ。他の奴等は結構直ぐ帰ってきたぜぇ」
どうやら大学に通う為に上京した人達は随分前に暫く帰郷していたらしい。
「ふーん…」
「讓なんて大学入って一月もしないで一回帰ってきたんやで!?讓らしいけどよぉ」
「はは、そうだね」
「…………」
武は車を走らせているのにも関わらず、僕の方へ顔を向けた。途端ユラユラとどっかのアトラクションの様に車体が揺らめいた。
うわ、と声が出たのは条件反射だ。
「どあほ、ちゃんと前見ろよな!?」
慌てて武を非難すると、武は前にちゃんと向き直った。前を向いたは良いが、
「――ッおま、今赤信号ッ」
「はっはー過疎ってる村に都会のルールは当て嵌まんねぇよ☆」
「全・国・共・通!!」
しかも日本だけでなくよりグローバルな方で。
そんなやり取りを続けていると、幾らか気分が良くなってきた。こういう繋がりが酸素補給なのだろうか?東京でも友人はかなりいるから、論理の整合性に欠ける気がするが一理あるかもしれない。
武は何個目かの赤信号を通過して(数を重ねると僕も抵抗感が無くなった)、僕に尋ねた。
「そういえば彩月就職決まったんやっけな。今何やってるん?」
「製薬会社の新薬開発とか?」
「とか?」
僕は苦笑した。
「そんなにでかい会社じゃないから、並列して外回りも手伝わされてる」
「多忙やん!へー」
「武は?やっぱり家の手伝いやってんの?」
武はにかっと、また嬉しそうに笑って言った。
「せやで。見習い漁師兼フリーター」
「それは兼とは言わねえ…気が」
「なにおうっ!?ちゃんと仕事してんべ、漁師だけじゃ食ってけねぇのっ」
ぷぷいっと武は頬を膨らませた。
がごん、と地面の舗装が荒いせいか、車体がまた揺れた。窓の外には懐かしくなってしまった景色が流れていく。
「そういや彩月、こっちにどん位いるん?」
武の問い掛けに僕は一週間と答えた。武はじゃあ結構遊べるな、とまた笑顔で言った。
(空すら狭っ苦しいのか)
灰色、とまでは言わない。しかし青いとは決して言えない空は、巨大なビル群で大半が隠されてしまっていた。
倦怠感に負けて、僕は仕事中にも関わらず道端に設置されているベンチに座り込んだ。群集から一歩抜け出すと全ての物から取り残された様な、変な気分になった。
キリキリとネジを巻かれた人形の様に、人びとはせかせかと歩く。
田舎に比べて都会の人間の歩く速度は速いから疲れたのかなぁ、なんて妙に冷静に考察してみたりした。
間違った考察であるのは、自分が一番理解している。
ぺたり、とベンチの座面に手で触ってみた。初夏と言えど、それはビルの影でひんやりとしていた。
また天を仰ぐと、光が遠い。自分がビルの岩肌に身を隠す深海魚になったような気分だ。明るい水面は遥か上にあり、しかし、エラ呼吸がよくわからない僕は窒息するに決まっている。
(、本当に窒息しそうだ)
ひゅう、と喉が鳴った。
それもずっとなのだ。窒息しそう、ではなくもう既に窒息しているのかもしれない。何をするにもかったるくて、億劫で、しんどい。
例えば今日のシャツは昨日使ったものを連続で着ていてしわしわだ。マトモな飯はいつ以来食べていないだろう。部屋はごみ溜めと化している。
自分はこんなにもだらしがない人間だっただろうか。
(疲れた…)
何に?
恐らくはやって来る毎日に。
僕が一時帰郷を決めたのはこういった精神的な理由からだった。
◆
会社に休暇を申請すると係の人に何故か同情にも似た顔をされて、あっさりと受理された。
本当のところを言うと帰郷すら面倒に思えた。だから僕は必要最低限の荷物を持って、行動しようとする心が折れる前に故郷へ向かった。
新幹線を利用してから数本電車を乗り継ぐ。電車が進むごとに窓から見える緑の量は増えていった。
最後の電車に乗って暫くすると見慣れた風景が現れた。大学で上京したぎり一度も戻ったことが無かった、懐かしの小さな港町である。
最寄りの駅で降車する。と、同時に強烈な潮の香りに出迎えられた。
駅は比較的に高い位置にあるので背の低い家々の向こう側には藍色の海を見ることが出来た。海がせり上がって、空と続いて行く風景だ。
見上げると、空が近い。都会よりも蒼い空が眼前へと迫ってきて、吸い込まれていく様な気がした。
もうここが空みたいだ。
鼻の奥がつんとして、ボロボロと涙が溢れ出た。全く意味の無い涙だが、行き場を失くしたように勝手に溢れだして来るのだ。なりたてだが、一社会人が恥ずかしい。
僕は近くにある年季の入ったベンチに座り込んだ。はぁー、とゆっくり息を吐く。荷物をぎゅうと抱き込み自分に言い聞かす。落ち着けメンタル。締まれ涙腺の蛇口。しかし更に涙は零れるばかりで止まる気配がない。
(まだ、苦しい?)
息継ぎの為の帰郷の筈なのに、僕は肺呼吸すら忘れてしまったのだろうか?
「おーい、彩月(サツキ)かぁー?」
不意に名前を呼ばれて顔を上げると、線路に隣接した道路に、一台の白いワゴン車が止まっているのが見えた。そして、その車から顔を出している旧友の姿もみとめられた。
僕は急いで涙を拭って、軽く手を振って見せた。
「めっちゃ偶然やーん!乗ってきぃ!!」
友人、清澄 武(キヨスミ タケ)はにっかりと、太陽みたいに笑って言った。
少し考えた後、僕は武の言葉に甘える事にした。
ワゴンの助手席に乗り込みながら、僕は悪いな、と謝罪した。武はカラカラ笑って全然ヘーキ!と答えた。
「ホンマ久しぶりやんなぁ!四年ぶり位か?」
「ああ、たぶんそん位……まだ煙草吸ってんだ?」
車の匂いが少しばかりヤニっぽい。そういえば武は高校の頃からこそこそ喫煙していたっけ。
武はにやりと不敵な笑みを浮かべた。大方僕と同様に高校時代の事を思い出したのだろう。
「ああ。煙草税が敵。――で、彩月、なんで泣いてたん?」
苦笑の後、武は余りにもサックリと単刀直入に言った。その所為で僕がぴしり、と固まってしまったのも無理は無いだろう。なんの前触れもなくこう…デリケートな部分を尋ねられるとは思ってもみなかった。旧友のつーかーに甘えていたのだ。僕はどう答えようかと口ごもってしまった。
「………ええ、まぁ、うん…なんでだろなぁ…」
誤魔化している訳でなく、本当にわからなかった。曖昧なのがまさに正直な答えだ。
「ふーん、そっか。まぁええわ」
武が深く聞いて来なかったのに僕は安堵した。
武は慣れたようにハンドルを操作して車を走らせる。カーブを曲がると灯台がキラリと日を受けて煌めいた。眩しさに目を細める。
武は置いてあった缶コーヒーに手を伸ばすと、車を走らせたまま一口飲んだ。
「いやー、それにしても意外と粘ったなぁ!」
「え?何が」
武の話がよく解らず、僕は問う。
「お前だよ。他の奴等は結構直ぐ帰ってきたぜぇ」
どうやら大学に通う為に上京した人達は随分前に暫く帰郷していたらしい。
「ふーん…」
「讓なんて大学入って一月もしないで一回帰ってきたんやで!?讓らしいけどよぉ」
「はは、そうだね」
「…………」
武は車を走らせているのにも関わらず、僕の方へ顔を向けた。途端ユラユラとどっかのアトラクションの様に車体が揺らめいた。
うわ、と声が出たのは条件反射だ。
「どあほ、ちゃんと前見ろよな!?」
慌てて武を非難すると、武は前にちゃんと向き直った。前を向いたは良いが、
「――ッおま、今赤信号ッ」
「はっはー過疎ってる村に都会のルールは当て嵌まんねぇよ☆」
「全・国・共・通!!」
しかも日本だけでなくよりグローバルな方で。
そんなやり取りを続けていると、幾らか気分が良くなってきた。こういう繋がりが酸素補給なのだろうか?東京でも友人はかなりいるから、論理の整合性に欠ける気がするが一理あるかもしれない。
武は何個目かの赤信号を通過して(数を重ねると僕も抵抗感が無くなった)、僕に尋ねた。
「そういえば彩月就職決まったんやっけな。今何やってるん?」
「製薬会社の新薬開発とか?」
「とか?」
僕は苦笑した。
「そんなにでかい会社じゃないから、並列して外回りも手伝わされてる」
「多忙やん!へー」
「武は?やっぱり家の手伝いやってんの?」
武はにかっと、また嬉しそうに笑って言った。
「せやで。見習い漁師兼フリーター」
「それは兼とは言わねえ…気が」
「なにおうっ!?ちゃんと仕事してんべ、漁師だけじゃ食ってけねぇのっ」
ぷぷいっと武は頬を膨らませた。
がごん、と地面の舗装が荒いせいか、車体がまた揺れた。窓の外には懐かしくなってしまった景色が流れていく。
「そういや彩月、こっちにどん位いるん?」
武の問い掛けに僕は一週間と答えた。武はじゃあ結構遊べるな、とまた笑顔で言った。
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