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梅千代の創作物の保管庫です。
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昼休みの教室は閑散としていた。元々生徒数が少ない上、他の場所に移動する奴らもいるからだろう。

開け放たれた窓からは若葉の薫りを含んだ空気が流れ込んでいた。留められてないカーテンが風に靡くのを見ると、どこかさっぱりした風に感じられた。

「さーつきちゃーん」

呼ばれて我に返り、振り向いた。僕はいつものメンツと一緒に昼食を摂っている最中だった。

ちゃんづけすんな!と憤ってみせるとけらけらと笑いが起きた。

「……そういえばさぁ、」

切り出したのは譲だった。

「皆進路どないすん?」

高三の初夏といったら流石に本格的に進路を決め始める時期だ。僕は特に隠すことはせず、素直に答えた。

「僕は東京の大学目指すかなぁ。こんなしょっぱい田舎いややわ」
「マジで!?俺も彩月と一緒やで」

続けて譲が言った。

「同じく、俺も譲と彩月と一緒ー」

他の一人も続く。

にしては何もやってねぇけど、と皆でバカ笑いした。

そんな中、武はむう、と少し不機嫌そうな顔をしていた。

「武、どないしたん?」

譲が気をつかって、武に尋ねた。

「しょっぱい港町の何処が悪いんや」

武はぶーたれて言った。武の家は代々漁師だって事を僕は思い出した。

「武は地元好きすぎやわ」
「頑張れ少数派ぁー」


譲は呆れた様に武に言った。続けて僕も野次を飛ばした。

瞬間だった。

どろり、と。

「!?」

僕の側にいた譲の輪郭が歪んで、熔けて、引き延ばされていった。

譲だけじゃない。他の奴等も、教室も、窓の風景もずるずるになって、ケロイドみたいにひきつっていった。

恐怖だけが溢れ、声が出ない。

そんな中、武だけが武のままだった。

歪んだ背景の中で武はむくれていたが、ふぅと短く溜め息を吐いた。そしてまた口を開いて、

「じゃー俺は





「彩月!!いつまで寝てるの!!」

懐かしい夢とその延長線上にあった悪夢は母の少々ヒステリックなモーニングコールで遮断された。

僕は無言のまま、むっつりしながら体を起こした。部屋の入り口はばーんと開け放たれていて、そこに母が仁王立ちしていた。

「もー、いきなり帰ってきたと思えばぐぅたらぐぅたら…。朝御飯できてるから。片付かなくて迷惑なの!早く顔洗って下に来なさいッ」

ぶつぶつと小言をこぼして、母は去っていった。

僕ははぁー、と今年何十回目かの溜め息を吐いて、頭を掻いた。正直朝が一番しんどいのだ。全く宜しくない。

しかし母にまたがなられるのも癪だ。僕は何とか体を起こし顔を洗ってよろよろとリビングへと向かった。

階段を下りて、リビングの引き戸を開けてギョッとした。

「よっ」

うちの食卓に堂々と武が座っていた。

「えっ、ちょ…なんで?」

しかも朝食を摂っている。状況を掴めぬまま、僕も椅子に座った。

武はぶぅ、と大分不機嫌そうに言う。

「いやいや、何でもくそもあらへんがな。今日遊びに行くって約束しとったやろ?」

言い終わると武はずずー、と味噌汁を啜った。

………あれ?

「そんな約束してたっけ?」
「えええ!!ゆったやん!!」

武は心底びっくり、という顔をしてからむくれた。

「ほら、車乗せたとき!明後日暇だからどっか行こうって」

僕はうぬぬぬと、過去の記憶を掘り返した。


『彩月いつでも暇だよな?俺明後日オフじゃけぇ、釣りにでもいかへん?』


「…あ。うわ、ごめん忘れてた!!」
「ほらぁー!!俺ずっと待ち合わせ場所で待っとったんやで!?朝食位頂かんと割りがあわへんわー」

武は僕の前にあった焼き魚の皿をとっていってしまった。

「文句言えねぇ…」

さらば、焼き魚…。あんまり未練は無いけども。

「飯食ったらはよう着替えたってなー」

僕の焼き魚を解体しながら武は言った。流石海の子、箸さばきに無駄がない。うーっす、と答えて僕は食事を幾らか摂ると自室に戻った。

「ったくもう、最悪…」

部屋に戻ってすぐに自分の物忘れの激しさに僕は落胆した。何で思い出さなかったんだろう、これじゃあボケ老人みたいじゃないか。

そういえば仕事でも。

また瞳が少し潤んだが、何とか堪えて僕は着替えを済ませた。





「いやぁ、今日もええ日和やんなぁ」

武曰く絶好の釣りスポットに着くと武はうーん、と伸びをした。

確かに、空には雲一つなく、澄んだ蒼が広がっていた。緩い曲線を描く水平線の端々には島がぽつりぽつり見える。陸からの風は穏やかで、最高の釣り日和というやつだった。

またまた瞳が潤んできて、僕は目を瞑って息を調えた。

「この季節は何が獲れんの?」

普通な声を絞り出すようにして、僕は武に尋ねた。

「あー、この時期だとアジとかイサキとか?運が良いとクロダイが引っ掛かったり…」
「へぇ」
「でもここ入江やからな。もっと雑魚いのしか釣れへんで」

釣りの準備をテキパキと進めつつ、武は真面目に答えた。漁師見習いなだけあって、準備はすぐ済んだ。

テトラポットの上にそれぞれ座り込み、ぼーっと魚が餌に食いつくのを待つ。釣りって言うのは魚が掛かった時の一瞬の盛り上がりの為にやるもので、獲物が来るまでは言うまでもなく暇である。

たぷん、じゃぼぼ、なんて音をたてながら波は寄せては引いていく。足元のテトラポットの隙間からは真っ暗な海が覗いていた。

時間が経つにつれ、始めは喧しかった波の音にも耳が慣れて、僕は久方ぶりに心地好い気分になっていった。

初夏言えど日向は夏同然に暑かった。じわじわ浮いてくる汗が煩わしい。僕はちら、と武の方を見た。彼は涼しげにしていた。やっぱり見習いでも漁師は違うなぁ、と感じる。今日はタンクトップを着ているのでよくわかるが、武は以前に比べて随分とガッチリした体型になっていた。自分が以前にも増してもやし体型になったのがわかっているだけに少し悔しい。

「お、引いてる」

先に引きが来たのは僕だった。

リールをジリジリと引いていく。重みの分竿はしなり、益々期待で気持ちが高揚する。

適度に引いたところで、釣り上げる!

陽光を受けて魚が銀に輝いた。

ちくしょー負けた!!と武は心底悔しそうだ。見習いとはいえ一応漁師としてのプライドがあるのだろう。数じゃ負けへんで!と躍起になっている。

はは、と軽く笑って、僕は魚をバケツに放り投げた。すぐ釣り針に餌をつけ直して、それをまた海へと沈めた。


水面がきらきらと太陽の光を受けて耀く。波の音は止まることを知らない。

色んな意味で眩しい。都会にいても田舎にいても…どこにいても自分がちっぽけで、浮いている様に感じるのは変わり無い。

ただ、都会の狭苦しさは圧迫と閉塞に過ぎなかったが、田舎の雄大な自然と言うのは、逆に僕の存在の輪郭をぶれさせた。まるで、あの、奇妙な夢の様に。ぐちゃぐちゃになってますます、自分の意味を喪失させる。

ああ、 疲れたなぁ。

「彩月?」

怪訝そうな顔で武は僕の方を見た。僕は何でもねぇよ、と答えたけれど、心の中で何かが――繋ぐべきでない何かが、繋がり始めていた。

疲れた。
面倒臭い。
だるい。
窒息しそうだ。
苦しい。
辛い。

それが繰り返し、繰り返す。マイナスな感情だけが連鎖し繋がっていく。長くなったそれはゆるく首にまとわりついて行くようだ。

少しずつ締め上げられていく。

その恐怖・絶望・倦怠感から解放されたくて、わかった。わかってしまった。


随分前から、僕は消えたかったんだ。


思うが早いか、僕の体は勝手に傾いで、海へと吸い込まれていった。

たぽん、こぽこぽと脳内に響く海の音の中に武の声が混じって聞こえていた。

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