梅千代の創作物の保管庫です。
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◆
「もし、君に不利益が生じたならば、この人に石を投げなさい」
お侍様は私に向かってそう仰いました。『この人』というのは貴方の事を指していました。
私はどうして彼が私にそう命じたのか解らず、戸惑ってお返事が出来ませんでした。そんな私にお侍様は焦れた様子で、君の為なんだと仰いました。
「諸事情あって、私は君を殴ることになるかもしれない。少しの間、辛いことがあると思う。でも信じてくれ」
お侍様の目は真剣でした。
そして不意にお侍様の視線が私から外されました。
「! くそっ」
私もつられて彼の視線を追いました。――私の村の子が駆けていくのが見えました。
お侍様は私を振り返ると念を押すようにもう一度仰いました。
「いいね、石を投げるんだ…」
◆
「本当にそう、彼は言ったのかい?」
私はあの時の少女に、キノシタを通して尋ねた。少女はそれに答えてこくり、と頷く。キノシタは話を間で聞いて、眉をひそめて何か考えている様だった。
そうだったのか、と私はぼそりと呟いた。
今日、私はシュウには休みと言って追い払い、内緒でキノシタ――彼もまた政府の者だ――に通訳を頼み少女に謝罪をしていた。私があの村に足を運ぶとまた厄介事を起こしてしまいそうだったので、人に頼んで彼女を私の住まわせて貰っている家に連れてきて貰ったのだった。
彼女はいつかの様に、むしろそれ以上に怯えた様子で、しかし私の質問にしっかりと答えてくれた。
事の子細を聞いて、漸く私は合点がいった。
シュウがあの時――私が石礫を投げつけられた時、あんなに辛そうにしていた事が私は引っ掛かっていたのだ。どう考えても、あれは何かを背負い込んでしまった者が浮かべる表情だった。
その後私と話している時も、古傷の痛みに耐えるような表情を度々浮かべていた。それも、私の疑問が助長された理由だった。
全く…と自然にため息が出た。自己嫌悪にも陥った。私は、私が好き勝手やらかした後処理を知らないとはいえ全てシュウに押し付けてしまっていたのだ。先生気取りで暢気なことだ。
私は少女に向き直ると今度は自分の口で謝った。
「すみませんでシタ」
ぺこりと頭を下げる。
少女ははっとした顔をして、目を見開いた。彼女の瞳から、ぽろぽろと涙が溢れた。
突然の事に私が焦っていると、少女が逆に言った。
――謝るのは私の方です。
――村の人に疎まれるのが恐ろしくて、貴方と出会った事を憎んで、石を投げてしまいました。
――本当になんと謝れば良いか…!
尚泣き続ける少女に、私はいつの間にか手を伸ばしてその頭を撫でていた。
少女は少し震え、暫く固まっていたが、またぽろぽろと涙を溢して静かに泣いた。
しかし次の瞬間、彼女はぐうと歯を食いしばると私を真っ直ぐに見上げた。
――今は、貴方に出会えた事、幸福に思っています…。
キノシタは最後にそう訳して伝えてくれた。
国として、団体の中の一人ではなく、個人として彼女に繋がれた事に私は喜びを感じた。そして少女の異邦人に差別を行わない柔軟さと強かさに、この国、日本の未来に希望を見出だせた気がした。
「ミスターシモン」
少女が帰ってから、キノシタは眉根をよせて話しかけてきた。僕はグラスに水を注ぎながらなんだい、と聞き返す。
「今回の事、このままにしておいて良いのですか!?コウダシュウイチはあんな小娘の為に貴方を危険にさらしたのですよ!」
聞きながら水を飲み下す。私は彼の言い方に不快感を抱いた。
キノシタは訴えるかのように話している。私は彼の言葉はあまり聞かず、その表情だけを横目に見た。どこか嬉しがっているようだった。高揚が隠しきれていないのだ。
もしも私がこの事を問題にしたら日本に不利な状況になり、ただでさえ危うい事態が更に悪化することは明白である。どうやら彼はシュウの足を引っ張ろうとしているようだ。日本国内の派閥争いや小競り合いに興味が無いわけでは無いが、私には正直そんなことはどうでも良い。
水を一気にあおるとグラスをテーブルに置き、私はキノシタの言葉を遮って言った。
「私はシュウの決断を誇りに思っているよ」
キノシタは話すのを止めた。
私は少女の会話を思い返し、出来事を整理してみた。
シュウは確かに、一人の少女の為に私を利用した。『異国人』で『来賓』で『友人』の私を使って『日本人』で『身分の低い』『見ず知らず』の少女を助けた。話を聞いていて、最初私はシュウに売られたのかと思った。シュウにとって私は疎ましい存在なのかとさえ悩んだ。
しかしシュウの行動はあまりにも無謀すぎるのだ。
若しも、石を投げつけられたのが私でなかったら、親日家で無かったならば国際問題にも発展していたかもしれない。
そしてシュウにそれが解らない訳がない。
つまり、彼は私を見込んで、私だから、私をよく知っているからあの様な策に出たのだ。
私を信じて。
「――全く、食えん男だよ」
前にも言ったが、私が石をぶつけられるのは一瞬でも、もしそれが無かったら少女が苛められるのは随分長くなっていたかもしれない。彼の行動は特に彼にとって非合理なのだ。
きっと私が怒らない事も見越しているんじゃないかなぁ?そう笑うとキノシタは黙ったまま俯いた。
「キノシタ、……私はおためごかしはあまり好きじゃないよ」
加えてそう言うとキノシタの耳がうっすらと紅潮した。その反応を見て、この人も悪い奴じゃ無いんだよなぁ、と私は苦笑した。
ねぇ……だから、シュウ。
君はそんなに気負わなくて良いんだ。罪悪感なんて感じないで良いんだよ。
別れの時、涙を流しながら日本語で何かを訴える彼を前に、私はそう思っていた。随分長くここには留まったから、拾えた単語からシュウが紅葉狩りの時の出来事を詫びているのは何となく知れた。ちょっと読みが外れたかな、やっぱり彼は真面目過ぎる。
「知ってるよ」
小さな声で、しかも汽笛の音が暴れる中で言ったのにちゃんと届いたみたいだ。呆然自失といった風にシュウは私を見た。
人間ってのはスゴいね。というか、国とか人種とか私たちが勝手に決めつけちゃってるだけでやっぱり人間は人間で一つなんだ、きっと。だからこうして伝わっちゃうんだよ。
この国はちょっと寒いし、私はそろそろ行くことにするよ。
「それじゃあまたね!!」
「もし、君に不利益が生じたならば、この人に石を投げなさい」
お侍様は私に向かってそう仰いました。『この人』というのは貴方の事を指していました。
私はどうして彼が私にそう命じたのか解らず、戸惑ってお返事が出来ませんでした。そんな私にお侍様は焦れた様子で、君の為なんだと仰いました。
「諸事情あって、私は君を殴ることになるかもしれない。少しの間、辛いことがあると思う。でも信じてくれ」
お侍様の目は真剣でした。
そして不意にお侍様の視線が私から外されました。
「! くそっ」
私もつられて彼の視線を追いました。――私の村の子が駆けていくのが見えました。
お侍様は私を振り返ると念を押すようにもう一度仰いました。
「いいね、石を投げるんだ…」
◆
「本当にそう、彼は言ったのかい?」
私はあの時の少女に、キノシタを通して尋ねた。少女はそれに答えてこくり、と頷く。キノシタは話を間で聞いて、眉をひそめて何か考えている様だった。
そうだったのか、と私はぼそりと呟いた。
今日、私はシュウには休みと言って追い払い、内緒でキノシタ――彼もまた政府の者だ――に通訳を頼み少女に謝罪をしていた。私があの村に足を運ぶとまた厄介事を起こしてしまいそうだったので、人に頼んで彼女を私の住まわせて貰っている家に連れてきて貰ったのだった。
彼女はいつかの様に、むしろそれ以上に怯えた様子で、しかし私の質問にしっかりと答えてくれた。
事の子細を聞いて、漸く私は合点がいった。
シュウがあの時――私が石礫を投げつけられた時、あんなに辛そうにしていた事が私は引っ掛かっていたのだ。どう考えても、あれは何かを背負い込んでしまった者が浮かべる表情だった。
その後私と話している時も、古傷の痛みに耐えるような表情を度々浮かべていた。それも、私の疑問が助長された理由だった。
全く…と自然にため息が出た。自己嫌悪にも陥った。私は、私が好き勝手やらかした後処理を知らないとはいえ全てシュウに押し付けてしまっていたのだ。先生気取りで暢気なことだ。
私は少女に向き直ると今度は自分の口で謝った。
「すみませんでシタ」
ぺこりと頭を下げる。
少女ははっとした顔をして、目を見開いた。彼女の瞳から、ぽろぽろと涙が溢れた。
突然の事に私が焦っていると、少女が逆に言った。
――謝るのは私の方です。
――村の人に疎まれるのが恐ろしくて、貴方と出会った事を憎んで、石を投げてしまいました。
――本当になんと謝れば良いか…!
尚泣き続ける少女に、私はいつの間にか手を伸ばしてその頭を撫でていた。
少女は少し震え、暫く固まっていたが、またぽろぽろと涙を溢して静かに泣いた。
しかし次の瞬間、彼女はぐうと歯を食いしばると私を真っ直ぐに見上げた。
――今は、貴方に出会えた事、幸福に思っています…。
キノシタは最後にそう訳して伝えてくれた。
国として、団体の中の一人ではなく、個人として彼女に繋がれた事に私は喜びを感じた。そして少女の異邦人に差別を行わない柔軟さと強かさに、この国、日本の未来に希望を見出だせた気がした。
「ミスターシモン」
少女が帰ってから、キノシタは眉根をよせて話しかけてきた。僕はグラスに水を注ぎながらなんだい、と聞き返す。
「今回の事、このままにしておいて良いのですか!?コウダシュウイチはあんな小娘の為に貴方を危険にさらしたのですよ!」
聞きながら水を飲み下す。私は彼の言い方に不快感を抱いた。
キノシタは訴えるかのように話している。私は彼の言葉はあまり聞かず、その表情だけを横目に見た。どこか嬉しがっているようだった。高揚が隠しきれていないのだ。
もしも私がこの事を問題にしたら日本に不利な状況になり、ただでさえ危うい事態が更に悪化することは明白である。どうやら彼はシュウの足を引っ張ろうとしているようだ。日本国内の派閥争いや小競り合いに興味が無いわけでは無いが、私には正直そんなことはどうでも良い。
水を一気にあおるとグラスをテーブルに置き、私はキノシタの言葉を遮って言った。
「私はシュウの決断を誇りに思っているよ」
キノシタは話すのを止めた。
私は少女の会話を思い返し、出来事を整理してみた。
シュウは確かに、一人の少女の為に私を利用した。『異国人』で『来賓』で『友人』の私を使って『日本人』で『身分の低い』『見ず知らず』の少女を助けた。話を聞いていて、最初私はシュウに売られたのかと思った。シュウにとって私は疎ましい存在なのかとさえ悩んだ。
しかしシュウの行動はあまりにも無謀すぎるのだ。
若しも、石を投げつけられたのが私でなかったら、親日家で無かったならば国際問題にも発展していたかもしれない。
そしてシュウにそれが解らない訳がない。
つまり、彼は私を見込んで、私だから、私をよく知っているからあの様な策に出たのだ。
私を信じて。
「――全く、食えん男だよ」
前にも言ったが、私が石をぶつけられるのは一瞬でも、もしそれが無かったら少女が苛められるのは随分長くなっていたかもしれない。彼の行動は特に彼にとって非合理なのだ。
きっと私が怒らない事も見越しているんじゃないかなぁ?そう笑うとキノシタは黙ったまま俯いた。
「キノシタ、……私はおためごかしはあまり好きじゃないよ」
加えてそう言うとキノシタの耳がうっすらと紅潮した。その反応を見て、この人も悪い奴じゃ無いんだよなぁ、と私は苦笑した。
ねぇ……だから、シュウ。
君はそんなに気負わなくて良いんだ。罪悪感なんて感じないで良いんだよ。
別れの時、涙を流しながら日本語で何かを訴える彼を前に、私はそう思っていた。随分長くここには留まったから、拾えた単語からシュウが紅葉狩りの時の出来事を詫びているのは何となく知れた。ちょっと読みが外れたかな、やっぱり彼は真面目過ぎる。
「知ってるよ」
小さな声で、しかも汽笛の音が暴れる中で言ったのにちゃんと届いたみたいだ。呆然自失といった風にシュウは私を見た。
人間ってのはスゴいね。というか、国とか人種とか私たちが勝手に決めつけちゃってるだけでやっぱり人間は人間で一つなんだ、きっと。だからこうして伝わっちゃうんだよ。
この国はちょっと寒いし、私はそろそろ行くことにするよ。
「それじゃあまたね!!」
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