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梅千代の創作物の保管庫です。
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「こん、どあほぉぉう!!馬鹿野郎!!つーか冷たッ!!しょっぺぇ!!」

海に落下して数十秒後には僕は水面から顔を出していた。武は僕の耳元で散々悪態をついていて、正直煩い。

僕が海に沈んだ直後に武も慌てて飛び込んだらしい。武の左手は僕の右腕をガッチリと掴んでいて、反対側の手はテトラポッドにしがみついている。

僕は極力事も無げに言った。

「おかげで涼しくなったね」
「ああ、そうやな…って馬鹿!」

武はやっぱりがなる。しかし、彼は次の瞬間脱力したように、はぁー、と深いため息を吐いた。

「びっくりした…」

武がどこか辛そうに言うから、俺は小さくごめんと謝った。

「あはは、暑かったからつい…」

なんて、僕は嘯いた。武が、僕の嘘に気付かない事を…気付いても見逃してくれる事を信じた。

武はじっと、僕を見たまま何も言わない。海から上がろうともせず、ただ波に小さく揺られているだけだ。僕は決まりが悪くなって武から目を逸らした。

「嘘だな」

武は容赦なかった。観念して、僕は頷いた。

「…………………ああ」

それからお互い、何も言わずにテトラポッドをよじ登った。

登りきると、武は無言で釣り道具の片付けを始めた。僕も何も言えず、武の行動に従った。釣った魚は海へと放った。

片付けが済むとどちらともなく帰路についた。靴の中が歩く度にぐじゅりぐじゅりと音を立てて不快だ。アスファルトには点々と僕と武が歩いた後が黒光りしていた。服も肌も、しょっぱくてベトベトしている。

重苦しい雰囲気が、僕と武の間に流れていた。

「失格だ」

先に口を開いたのは武だった。

「全然あかん」
「……何が?」

話の流れが解らず、僕は武に訊ねた。武は僕の問いには答えず、話し始めた。

「彩月、気付いとるか?それビョーキやで」
「はァ?」
「五月病」

彩月が五月病とかただのギャグだな、と武は鼻で笑った。

鴎の声が喧しい。

僕は小さく溜め息を吐いた。自分でもなんとなく、そんな気はしていたのだ。しかし認めたくなくて、だから僕は肯定も否定もしなかった。そんな甘ったれた、病かどうかも怪しいモノに自分が陥っていると思うのが嫌だった。

ただちょっと疲れて、気分が良くないだけなんだ。それだけ、なんだ。

武は歩調を変える事もなく、前を向いてゆらりゆらりと歩きながら続けた。

「譲もそれやってん」
「! え」
「今のお前と同じ感じやな。辛気臭くって、鬱々しててな…」

まぁ、そんな事どうだってええな、と武は頭をガシガシ掻いた。

ほんの少し、武が隠し事をしている様な、そして自分が何か忘れてしまっている様な――気がした。





それから、実家にいる間僕の側にはいつでも武がいた。ちょっと鬱陶しい位だったけれど、他の仲間は皆都会に出てしまっているしむしろ付き合ってくれる人間がいるのは良いことかもしれない。

朝起きると必ず武が家で朝食をかっ食らっていて、やれ釣りだのゲーセンだの俺を家から引きずり出す。家に帰る頃には僕はへとへとになっていて、夢も見ないでぐっすり眠る。

考えてみると僕は必然、武に因って非常にまともな生活サイクル(仕事を休んでいる事以外は)を送らされているのだった。



夕焼けの中ぷらぷらと、僕達は家に向かっていた。近くの寂れた商店街に出掛けた帰りだった。太陽のオレンジが少し目に痛い。

「なぁ、武」
「んぁ?なんだー」

明日、僕は東京に帰ることにしていた。今日で武と会うことも暫くなくなるだろう。

少し寂しくて、清々しい。

そう――清々しい。

いつの間にか僕を取り巻く憂鬱は薄くなっていて…。

「譲のことだけど」

尋ねようとして、武の周りの空気が固くなるのを肌で感じた。それは想定内の事だったので僕は構わず続けた。

「何があったのか教えてくれないか」

武が急に足を止めたので僕も立ち止まった。

少し見上げると武が痛そうな顔をしてこっちを見ていた。

ゆっくり、武の口が動く。

「言わな、あかんか」

僕は迷った。

世の中には触れてはいけない話というのが少なからず存在する。譲の、五月病…の話もその一つなんだろう。

でも、僕だって譲の友人だった訳だし、知りたがっても罪にはならないと思う。

僕は少し武のことを考えて、出来れば、と言った。逃げ道を僅かに残した。

武は長いことじっと僕を見てきた。その視線に些か緊張してしまう。

武は最後に、はぁー、と長い長い溜め息を吐いて――話し始めた。

「譲は大学に入って、一ヶ月半位かな?してこっちに帰ってきた。やつれて、おどおどして、すぐ泣いた」

前までの彩月みたいに。

「俺はそれが異変やと思った。けどな、気付いてたんにも関わらず、俺は…譲をひどくけむたく感じた」

話し難かったんや。

「だから、俺、ゆうてもうたんや…………お前辛気臭い、鬱陶しいなぁって」

その夜、譲は自殺を図った。

僕は呆然とした。

それは、武のせい?たった一言の否定の言葉で、そんなアホな事を行動に移してしまう譲が悪いんじゃ。

いや。僕は考え直す。

譲は僕と同じ状態だった。もしくはそれ以上に悪化した状態だった。

そんな中に言葉が投げ込まれる。

お前辛気臭いなぁ。

お前、鬱陶しいなぁ。

軽くて、ぐさりと刺さってしまう。

僕はそれだけで自分の意味を完全に失ってしまうだろう。

「武……」
「俺が馬鹿だった」

ぎり、と武の右手がきつく握り締められた。

「俺は、お前らをずっと待っててやるって、いつまでも変わらへんでおると、そう言うたのに!」

武の言葉に聞き覚えがあった。ああ、あの遠く懐かしい夢。武が言おうとしてたのってこれだったんだ。

『俺がお前らの故郷になったるわ!』

皆でバカにした覚えがあるけれど、あれは武の決意だったんだろう。


涼しい風が海から吹いてきた。潮の薫り。僕の故郷の薫り。そしていつも、武からもその薫りはしている。

「……武は変わったよ」

呟くと武は泣きそうな顔になった。

「僕も変わったよ。この町も、東京にいる奴等も、皆変わってるんだ。変わらないものなんて無いんだ。変わるのは、悪いことじゃないんだ」

僕は武の肩を叩いた。

「僕を『監視』してたのは、譲の事があったからだね」
「――気付かれてたか」
「バレバレ」

笑みが浮かんだ。

武はずっと僕の側にいて、僕が滅多な事を起こさないように見張っていたのだ。彼が放つ言葉はいつも軽薄という綿で柔らかく包まれて僕に届けられていた。全部、武の配慮だったのだろう。

僕は言う。

「僕はまだ少し辛い。何が原因かわからないまま辛い。生きていることが原因かもしれない」
「!」

武の顔がまた歪んだ。

「でも、僕は武に救われたんだ」

武はぱちぱち、まばたきをした。鳩が豆鉄砲をくらったよう、とでも言うのだろうか。

「だから良いんだ」

僕は僕にできる精一杯で笑った。

「大丈夫、良いんだよ武」

武の頬を伝った涙は、今まで見てきた中で一等綺麗だったと思う。きっと彼の中の後悔と贖罪の塊が溶けて流れ出したのだ。



明日、僕は都会に帰る。

嫌な仕事があるかもしれない。自分を無価値に感じる時があるかもしれない。死んでしまいたくなってしまうかもしれない。

でも大丈夫だ。

心の故郷はこの港町にあって、武に預けられているから。



―――――
ホウゲンッテナンデスカ

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