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梅千代の創作物の保管庫です。
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『薄紅の涙』



縁側には大分傾いた陽射が木々を透して降っていた。避暑地で有名なだけあって、それは随分と柔らかだ。ざぁ、と風が抜けていくと身の回りの湿気も流れていく気がした。

私は一つため息を吐いた。

手にしている小説は持っているだけで、さっきから全く進んでいない。っていうかSFか随筆かはたまた論説文か、そんなことすら認識出来ていないのだ。それではもう読んでいるとは言えないだろう。

私は内容に集中するのを諦めて本を閉じた。暗く落ちそうになる意識を留めるように、隣で気持ち良さそうに丸まっていた猫のタマに手を伸ばす。ふんわりとした毛並みは気持ちが良いけれども、夏場には少し野暮ったかった。

しつこく弄っているとタマはむずがって何処かへ歩いて行ってしまった。安眠妨害、申し訳ない。

タマと入れ替わりに、誰かの足音が床板を伝わって響いた。此方に近付いて来ている。私は思わず顔をしかめた。

「よう、出戻り女!」

不躾にそう言って、廊下の角からひょっこり顔を出したのは、幼馴染みの大樹だった。彼の手には、両側につかみがあるお盆がある。その上にはざっくりと大きく切り分けられたスイカが真っ赤に輝いていた。よく熟れたそれはじわりと汁を溢した。

私は黙ったまま、ぎろりと大樹を睨んだ。大樹はこたえずにへらへら笑って、縁側、私の隣に腰掛けた。彼はお盆を私と彼の間に置いた。

「ばばあんとこで採れたスイカ、」

端的にそう言って、私にすすめるでも無い。ただ、大樹は促すように切り分けられた一つをつかんでかぶりついた。ぼたぼた、と盛大に食べ溢して、大樹は慌てて前のめりになる。

てんてん、と薄赤の染みが足下に滲む。大樹の白いシャツにも幾らか。

あ、血、みたい、かも。古傷が思い出したようにじんわり痛んだ。

「…餓鬼かよ」
「あ?」
「相変わらずきったない食べ方するよねぇ」
色んな事を振り払う為、見てらんない、と私は悪態をついた。だって、五つ年下の此奴は昔からこう、要領が悪い。

大樹の事は私が八つか九つ位の時からよく面倒を見てやったものだ。ぶっちゃけてしまうと大樹は小さいから私がどうしてやらなきゃという義務感よりは――親達の評価が欲しい、という側面があった。

ちっちゃい大樹は私の悪どい狙いには気付かず、純粋に私になついていた。文姉ぇ文姉ぇと鬱陶しいほど何処にでもついてきた。生意気でちょこまかと動き回る癖、あんたの言うことだけはきくのね――とよく言われた。

本当は、手段だったのにと大昔の事にちくりと掠める罪悪感は、私の心が弱っているからだろう。

そういえば喉が渇いている。隣で無心にスイカにむしゃぶりつく大樹の姿も手伝って、私もスイカを一切れ手にとった。

一切れと言うにはあまりにでかい。ずしりとした重みと、軽く刺すように広がる冷たさ。直ぐに体温と馴染んでいく。

「よく冷えてんだろー。川にずっと浸けといたからな!」

此方を見て大樹は誇らしげに言った。

………川?

網に容れられたスイカが清流に揺らされる、なんとものどかな情景が頭をよぎった。

「流石ド田舎…」

ぼそりと呟くと大樹はけらけら笑った。笑い声を聞きながら一口、かぷり。直ぐにじゅわりと溢れる果汁を慌てて啜る。私は大樹の様な不手際はしない。

「スイカって漢字でどう書くか知ってる?」
「ええーと、南の瓜?」
「ばか、それはかぼちゃでしょう」

かぷり、また一口。

「ああ、じゃあ西の瓜だ」

大樹は食べきったスイカの皮をお盆の上にカラリと転がした。

「良くできました」
「馬鹿にしてるなぁ」

大樹は二つ目のスイカに手を伸ばす事もなく、膝の上に肘をついて、此方を凝っと見てきた。なんだ、喧嘩売ってんのかと軽く睨むと、大樹はふいっとまた前に直る。一体何だと言うのだ。

「文さん、やっぱ叔母さん達は怒ってる?」
私はむっとしながら答えた。

「怒るどころじゃ無いわよ、あんなん!」
「だろうねー。出戻りとか離婚とか、あまり外聞は宜しくないし。それにしても短かったね」

家を出てたかだか三年でのこのこ帰ってきた娘に対し、家族は冷やかだ。

「私が悪いんじゃないって、言ってるのに」

恋愛結婚だった。それなのに、夫との結婚生活には直ぐに齟齬が生じ始めた。あの野郎にとって妻とはただの家政婦であり、奴隷であり、女ではないのだ。

DV受けて不倫されたのでなけなしの貯金はたいて離婚調停終結させて帰還しました、まる。

よくある話。

そんな身も心も疲れ果てた娘にバッシングとか…まじ無いわ。

大樹はふーん、と気の無い返事をしたから、ああコイツも敵方かと軽く落胆した。確か、私の結婚に両親以上に反対していたから、ざまぁみろとか思われてるんだろう。

孤立無援は虚しい。

「頑張ったなぁ、文さん」

ヘソを曲げて取り敢えず目の前のスイカをやっつけちゃおうともぐもぐやっていた時だった。取り敢えず、ぷぷい、とスイカの種を吹っ飛ばす。

聞き間違えかと私は大樹に向き直った。

「よく頑張ったな」

淡く微笑んで、大樹はわしりわしりと私の頭をかいぐった。

「ちょ、やめ」
「文さんは純情だしな」

敵に思えていただけに混乱する。

じわり。もう渇れきった筈の涙が、また両目から溢れてきた。

ああああ。もう、スイカなんかで水分補給したせいだ!大樹の馬鹿。馬鹿野郎。

初の、私の戦闘への評価が心に染みない訳がない。

馬鹿な男に引っ掛かって、周囲の反対振り切って上京して、離婚して。最悪の三年間。何って、私が。

でもね、一応私にも、汚い名誉欲っていう背景はあったかもしれないけれど、あんたの立派な『お姉ちゃん』の誇りがあるんだよ。五つも下の男に慰められたら、こんな所で大泣きしたら、また情けなくなるじゃないか。悔しいだろが。

しかし両目からはぼたぼたとさっきのスイカの水分が止まらず、喉からは嗚咽なんかも漏れていた。

大樹はくつり、とまた笑った。

「流石文さんは見る目無かったねぇ。昔っから頼り無さそうな駄目男ばっかり好きになってさ。それで地元の男には目もくれずにさらに上をいく駄目人間を…」
「ひどっあんたねぇ、」

撫でてくる手は優しいのに、掌を返したかのようなあんまりな言い草に大樹の手を振り払う。

ふざけんなと噛みついてやろうとボロボロの顔のまま頭を上げると、

「皆は離婚なんてって言ってるけどさ、俺は、そのぉ、間違いって誰でもあるっていうか…」

大樹はらしくない調子で、一生懸命に言葉を紡いでいた。違和感に、私も少し戸惑ってしまう。

「文さんが離婚してくれて…俺は嬉しい」

あれれ?

ひりひりする目を擦って、ぱちぱち大樹を見る。大樹はばっと目を逸らした。更にきょとんとしてしまう。あれ、あれ。どうして耳まで赤くなっちゃうの?

「――ッそれじゃあ、俺用事あるからっ」

大樹は勢いよく立ち上がった。私はまだぐるぐる、考えこんでいて。

またドタドタ音を立てて大樹は縁側を去っていった。段々遠くなる足音。

そういえば、いつからだっけなぁ、大樹が私を文姉ぇって呼ばなくなったのは。

時が経つと徐々に頭が冷えてくる。いっぱいいっぱいなのに余裕があるふりしちゃってさ、やっぱり可愛い弟分。

だからごめんね、ありがとう。

「あ、タマ」

入れ換わるように戻ってきたタマはゆるゆると尻尾を揺らしていた。静かになった縁側には、りりぃ…りりぃ…とか細く虫が鳴き始めていた。


―――――
お題うまく使えなかった(´・ω・`)

2011/12/03 rewrite

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