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梅千代の創作物の保管庫です。
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『An Ignorant "Lucifer"』



知らない場所に訪れたいと思う。

行ったことがない場所に行きたいという訳ではない。それではただの旅行だ。【地名すら知らない】場所に行きたいのだ。放り出されるように。

人がいてもいなくても、生存に厳しい場所であろうとなかろうと、きっと俺は戸惑い、不安になり、しまいに恐怖するだろう。だって投げ出された場所での身の振り方も、どう過ごすのが最善かもわからないのだ。

しかし、そうすれば、自分でない自分になれるんじゃないだろうか。

それか、本当の自分と言うものを見つけられるんじゃないだろうか。



「下らないね、」

友にそう、胸の内の小さな願望を話したら、一蹴されてしまった。受けた落胆はさくりと軽く、鋭利なものが掠めていった感覚に似ている。

「ああ、下らないさ」

俺は強がった。口の中が渇くので、手元の珈琲を手にとる。砂糖も何も入れず漆黒を保っていた液体は舌の上で苦く広がった。

俺は全て否定するようにもう一度、強く繰り返した。

「ただ、ただ下らない話だ」
「自ら認めるのか?じゃあ何が下らないか説明してくれ」
「……っそれは…羞恥心が邪魔をする」

横暴な要求に俺は顔をしかめた。だろうなぁ、と友は嫌みな笑みを浮かべる。

穏やかな音楽が流される中、こつ、こつ、と足音がこちらに近付いてきた。このアンティークな喫茶店の店主が友人の元へケーキを運んで来たのだった。

そうだった。別にここには友人と二人ぎりという訳ではないのだ。この店の雰囲気にあてられて浮かれた気分になったようだ。この人も、俺の戯れ言を聞いていたに違いない。内心莫迦にしているの、かもしれない。

そう思うと、この店主の本来褒められるべき存在感の無さが恨めしかった。

「なに、厭な顔をして」

友はにやにや笑いを続けたままに、ケーキにフォークを突き立てた。苺のミルフィーユだ、ぱらぱらとパイ生地の破片が皿に飛び散る。

「嗜虐趣味に付き合う心算はない」

溜め息をひとつ。

友は尚も嗤う。

「つれないねぇ」
「変態」

全く、どうして俺はこんな奴と友人なのだろうか。

「じゃあ甘やかしてあげよう、」

ミルフィーユのひとかけが俺の口に運ばれる。抵抗するのは不毛に思われたので、素直に口を開きけ受け取る。今まで食べた中で一番に美味いのに腹が立ったが。

「本当のお前は、さぞご立派なのだろうね」

嗚呼……………随分と苦いこと。





—————
書き上げた時は達成感に溢れていたのですが。

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