梅千代の創作物の保管庫です。
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※若干BL風味
『ミラーハウスの外側』
「引っ越し?」
俺は夕食の席での突然の話に不意をつかれ、箸から里芋の煮付けを取りこぼした。落ちた先は茶碗だったので事無きを得た。父は穏やかに言った。
「ああ、北海道にな」
「…飛ばされたの?」
思わず突っ込んだ事を聞くと、母は眉根を寄せ、父は情けなく笑ってみせた。
「微妙なところかな…。期間がいつまでなのかわからないから、皆にもついてきて欲しいなあと思って」
俺は、ああそう、と至極どうでもよさそうに返事をした。実際どうでも良かったのだ。俺の人間関係は普通より少しあっさりとしていて、居ても居なくても同じといった風であったし、今住んでいる場所で生活しなきゃならない理由は持っていない。
俺はさっき取りこぼした里芋の煮付けを口へと運んだ。
甘いそれを咀嚼しながら、俺は一人だけ、少々面倒な奴を思い出した。
◆
「僕、宇宙飛行士になりたいんだ」
「無理なら東大首席で卒業して」
「総理大臣になるんだ」
…と、嘘をまき散らすコイツ。中崎の事だけ、俺は気にかかっていた。
今日の嘘は将来の話か?どうしてこんなわかりやすい、馬鹿っぽい、むしろ馬鹿な嘘ばかり話すのか。まあ俺は付き合いが長いのでじゃれているのだと知っている。全く屈折している奴だ。
そう、知っている、わかっている。しかし今日に限っては、俺は彼に対して普段より乱雑な対応をしていた。俺にも色々と考えるところがあるから。
中崎は嘘や調子の良い事しか話さない。その所為で俺が知る限りではあるが、彼には俺の他に話し相手や友人と呼べるような奴がいないと思う。そんな中崎は、俺が居なくなった後どうするんだろう。
きっとどうにでもなるんだろう。
俺たちが座り込んでいる冬の階段はやっぱり冷たく、寒い。数歩で届く屋上のドアの向こうには、冬の凍てついた風が吹き付けているのだろう、金属質で重い筈のドアは時折ごごん、と鳴っていた。
相変わらず戯けた事ばかりを口にする中崎に苛立って、俺は中崎の口に自分が舐めていた棒付きキャンディを突っ込んだ。それから、更に行き場の無い苛立ちをこめて中崎の頭を軽く叩いた。
「—―それ舐めて、黙ってろ」
一瞬視線が合わさる。そういえば、今日一回でも中崎の目を見たっけ。中崎の虹彩は暗い色をしていて、きょとんとこちらを向いていた。直ぐに俺は視線を外した。俺は無意識にこの目から逃げていたみたいだ。
珍しく空気を読んだのか、中崎は大人しくキャンディを舐めて黙り込んでいた。ただ、ものっすげぇ俺の事を見ているようで視線を激しく感じる。昔から知っているけれどやっぱりコイツはどう分類しても変人のくくりにいれられるんだなあと今更ながら考えた。
ぼんやりとした意識を戻して、少しうつむく。屋上の入り口のドアの窓からは弱々しく陽が差し込んでいて、階段には俺と中崎の二人分の陰が落ちていた。
「……俺さ」
「ん」
ぽつりと話し始めると、中崎はキャンディを口の中で転がしながら続きを促した。
「引っ越す事になったんだよ」
中崎はキャンディを咥内から取り出したようだった。俺は何故だか中崎の反応を見る事ができない。
「知ってるよ」
すかさず中崎は言った。
「嘘だろ」
すかさず俺も否定した。
「まぁね」
中崎はすんなりと認めた。
俺はもうひとつキャンディを取り出して、また舐め始めた。今度はクリームソーダ味で、やっぱりとても甘い。
「……、そんだけ」
俺はもうそれ以上に何も言えなかった。
「そうかい」
中崎もそれだけ言って、黙り込んだ。
俺は心の中で少し期待が外れたように思った。なんで、黙るんだよ。どうして、嘘でもなんでも振りまかないんだよ。
俺は何もかも面倒になって、立ち上がると屋上の手前の踊り場に寝転んだ。掃除が行き届いておらず、埃とかがうっすらあるがそこまで気にはならなかった。コートを着込んでいるから、一応上半身はそこまで冷えが届かない。
機嫌が悪いし、キャンディは咥えたままだがこのまま眠ってしまおうと俺は目を閉じた。
意識が殆ど落ちかけた時、前髪が誰かに揺らされる気配を感じた。目を開けるのが億劫で確認しなかったけど、十中八九中崎だろうことは分かっていたのでされるがままにした。
「寂しくなるね……」
中崎が、ぽそりと言った。
それはお得意の嘘には聞こえなくて、自分の中に喜びが湧いたことにびっくりする。
ああ、そっか。
俺は、俺が居なくてもきっと大丈夫な中崎に苛立ちを覚えてもいたのだ。
◆
引っ越して一ヶ月ほどが経つ。
「さみぃ…」
なるほど、北の大地だ。雪とかもう作り話みたいに降るし、吹雪というのを体感したのも初めてだった。でも、それらにも少しだけ慣れてきた。
新しい学校からの帰り道、かじかむ指で携帯電話を操作した。メールが一件、中崎から届いていた。内容は引っ越す前からと別段変わりない、くだらない事と嘘が主だった。
その文中で気になる嘘が一つ。俺を暗く喜ばせるものだった。
嘘つきは正直者だ。
やっぱり彼は寂しいらしかった。
—————
目指せ脱スランプ。
「引っ越し?」
俺は夕食の席での突然の話に不意をつかれ、箸から里芋の煮付けを取りこぼした。落ちた先は茶碗だったので事無きを得た。父は穏やかに言った。
「ああ、北海道にな」
「…飛ばされたの?」
思わず突っ込んだ事を聞くと、母は眉根を寄せ、父は情けなく笑ってみせた。
「微妙なところかな…。期間がいつまでなのかわからないから、皆にもついてきて欲しいなあと思って」
俺は、ああそう、と至極どうでもよさそうに返事をした。実際どうでも良かったのだ。俺の人間関係は普通より少しあっさりとしていて、居ても居なくても同じといった風であったし、今住んでいる場所で生活しなきゃならない理由は持っていない。
俺はさっき取りこぼした里芋の煮付けを口へと運んだ。
甘いそれを咀嚼しながら、俺は一人だけ、少々面倒な奴を思い出した。
◆
「僕、宇宙飛行士になりたいんだ」
「無理なら東大首席で卒業して」
「総理大臣になるんだ」
…と、嘘をまき散らすコイツ。中崎の事だけ、俺は気にかかっていた。
今日の嘘は将来の話か?どうしてこんなわかりやすい、馬鹿っぽい、むしろ馬鹿な嘘ばかり話すのか。まあ俺は付き合いが長いのでじゃれているのだと知っている。全く屈折している奴だ。
そう、知っている、わかっている。しかし今日に限っては、俺は彼に対して普段より乱雑な対応をしていた。俺にも色々と考えるところがあるから。
中崎は嘘や調子の良い事しか話さない。その所為で俺が知る限りではあるが、彼には俺の他に話し相手や友人と呼べるような奴がいないと思う。そんな中崎は、俺が居なくなった後どうするんだろう。
きっとどうにでもなるんだろう。
俺たちが座り込んでいる冬の階段はやっぱり冷たく、寒い。数歩で届く屋上のドアの向こうには、冬の凍てついた風が吹き付けているのだろう、金属質で重い筈のドアは時折ごごん、と鳴っていた。
相変わらず戯けた事ばかりを口にする中崎に苛立って、俺は中崎の口に自分が舐めていた棒付きキャンディを突っ込んだ。それから、更に行き場の無い苛立ちをこめて中崎の頭を軽く叩いた。
「—―それ舐めて、黙ってろ」
一瞬視線が合わさる。そういえば、今日一回でも中崎の目を見たっけ。中崎の虹彩は暗い色をしていて、きょとんとこちらを向いていた。直ぐに俺は視線を外した。俺は無意識にこの目から逃げていたみたいだ。
珍しく空気を読んだのか、中崎は大人しくキャンディを舐めて黙り込んでいた。ただ、ものっすげぇ俺の事を見ているようで視線を激しく感じる。昔から知っているけれどやっぱりコイツはどう分類しても変人のくくりにいれられるんだなあと今更ながら考えた。
ぼんやりとした意識を戻して、少しうつむく。屋上の入り口のドアの窓からは弱々しく陽が差し込んでいて、階段には俺と中崎の二人分の陰が落ちていた。
「……俺さ」
「ん」
ぽつりと話し始めると、中崎はキャンディを口の中で転がしながら続きを促した。
「引っ越す事になったんだよ」
中崎はキャンディを咥内から取り出したようだった。俺は何故だか中崎の反応を見る事ができない。
「知ってるよ」
すかさず中崎は言った。
「嘘だろ」
すかさず俺も否定した。
「まぁね」
中崎はすんなりと認めた。
俺はもうひとつキャンディを取り出して、また舐め始めた。今度はクリームソーダ味で、やっぱりとても甘い。
「……、そんだけ」
俺はもうそれ以上に何も言えなかった。
「そうかい」
中崎もそれだけ言って、黙り込んだ。
俺は心の中で少し期待が外れたように思った。なんで、黙るんだよ。どうして、嘘でもなんでも振りまかないんだよ。
俺は何もかも面倒になって、立ち上がると屋上の手前の踊り場に寝転んだ。掃除が行き届いておらず、埃とかがうっすらあるがそこまで気にはならなかった。コートを着込んでいるから、一応上半身はそこまで冷えが届かない。
機嫌が悪いし、キャンディは咥えたままだがこのまま眠ってしまおうと俺は目を閉じた。
意識が殆ど落ちかけた時、前髪が誰かに揺らされる気配を感じた。目を開けるのが億劫で確認しなかったけど、十中八九中崎だろうことは分かっていたのでされるがままにした。
「寂しくなるね……」
中崎が、ぽそりと言った。
それはお得意の嘘には聞こえなくて、自分の中に喜びが湧いたことにびっくりする。
ああ、そっか。
俺は、俺が居なくてもきっと大丈夫な中崎に苛立ちを覚えてもいたのだ。
◆
引っ越して一ヶ月ほどが経つ。
「さみぃ…」
なるほど、北の大地だ。雪とかもう作り話みたいに降るし、吹雪というのを体感したのも初めてだった。でも、それらにも少しだけ慣れてきた。
新しい学校からの帰り道、かじかむ指で携帯電話を操作した。メールが一件、中崎から届いていた。内容は引っ越す前からと別段変わりない、くだらない事と嘘が主だった。
その文中で気になる嘘が一つ。俺を暗く喜ばせるものだった。
嘘つきは正直者だ。
やっぱり彼は寂しいらしかった。
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目指せ脱スランプ。
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